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ラブ・ファイア 2
ナビに従いやってきたアズサさんの家は、どっしりとした高級そうなマンションだった。他にも有名人が住んでそうな雰囲気で、カメラを持って見張るにはある意味最高のロケーションかもしれない。アズサさんだけじゃなく、他にも誰か狙われていそうだ。
そんな中、僕らの車は守衛さんのいる入り口を通って地下の駐車場に入った。藤さんが予約しといてくれたこともあって、免許証を見せるだけで通れた。傍から見たら完全に搬入の車だ。
高級車が並ぶ駐車場の来客用スペースに留めると、みんなで荷物を持って移動。奥にあるエレベーターに乗ってアズサさんの部屋がある階へ向かった。
そんな調子だったから、部屋の入口のインターホンを鳴らしてやっと、アズサさんは僕たちが来たことを知る。
「……なんで?」
1度インターホンのカメラ越しに見ただろうけど、ドアを開けて改めて訝しげな表情で僕たちを見回すアズサさん。短い一言に困惑が詰まっている。
そんなアズサさんに対して、空木さんは僕を、紫苑さんは持っているクーラーボックスを掲げた。
「元気のお届け物でーす」
「早く入れろよ。腹減ったんだから。あとアイスが溶ける」
「突然お邪魔します。驚く気持ちはものすごいわかるんですけど、とりあえず中に入れてください」
年下のヨシくんが一番ちゃんとしていて、その言葉に従ってアズサさんがドアを大きく開く。
突然シェアハウスの全員が揃って訪ねてきたんだ。そりゃあ声も失う。ヨシくんじゃないけど、気持ちは大いにわかる。
ともかく玄関前で騒ぐわけにいかないから、開かれたドアの中にぞろぞろとお邪魔した。
僕も続いてしれっと入ろうとしたら、服の裾を摘まれて引き留められる。
「冷蔵庫の中勝手に入れるからなー」
「わあーひっろ!」
「なにもないな」
「引っ越したてでももうちょっと生活感とかあるっすよ」
さっさと中に入っていくみんなと、玄関に取り残される僕。みんなの声がやけに遠い。
ドアを閉めるための取っ手を持つ手で閉じ込められて、図らずとも壁ドンの姿勢になる。いや、この場合ドアドンか。
「あの……お久しぶりです」
「ん」
とりあえず挨拶をしてから、久しぶりのその顔を恐る恐る見つめた。
一見変わっていなさそうに見えるけど、頬の辺りがちょっとシャープになっているし、肌のツヤが若干鈍い。金髪の輝きもほんの少しだけ薄い気がするし、なんなら唇の潤いも足りないんじゃないだろうか。
なにより雰囲気が張りつめてピリピリしている気がする。シェアハウスにいる時は、こんな風に鋭い目つきはしていなかった。
今こそまさに「孤高の狼」という呼び名が似合う雰囲気をしている。
やっぱり疲れているのかもしれない。
「巴」
「……はい」
呼ぶ声が平らだ。いきなり来て怒っているんだろうか。
「棗さんから止められてなかった?」
「えーっと、棗さんに言われたのは『しばらく』は『2人で』会うの禁止と言われたので、しばらくしてからみんなで来ました」
「悪い子だな」
僕の言い様に口元が緩んだから、すごく怒ってはいないみたい。
理由はどうあれ突然押し掛けたんだから不機嫌になられても仕方ないと思っていたけれど、どうやら機嫌は悪くなさそうだ。
「これも」
「あっ」
と思ったら変装用に貸してもらったグッズをひとしきりを没収されてしまった。ヨシくんの帽子を没収されるのは2度目だ。
帽子もメガネもマスクも取られて、いきなり素顔を晒されると不思議な緊張感がある。その没収したグッズを靴箱の上に置き、空いた手が頬に触れた。
「会えて嬉しいから顔見せて」
「そ、そうきましたか」
てっきりヨシくんのグッズで固めていたから怒られるのかと思ったのに。顔を両手で包まれ上を向かされて、至近距離から見つめられて照れた。
藤さんじゃないけど、やっぱりアズサさん、顔がいい。しかも久しぶりだからこんな近さで見たら目が眩しさでやられそう。なんだろう。離れていた分雰囲気が芸能人寄りだからだろうか、とても緊張する。
瞳を直視できず視線を落とせば、少しだけカサついた唇が目に入る。その視線を感じたのか、アズサさんがそのまま顔を近づけて。
「おいそこ。いちゃこらしてないでさっさと入ってこい」
「鍋やるよー」
止まった。
先に中で落ち着いていた紫苑さんと空木さんに声をかけられ、離れた唇が怪訝そうに歪む。
「……鍋?」
「えっとですね、藤さんからアズサさんの元気がないと聞いたので、みんなで鍋パーティーしにきました」
「なんで?」
こんな状況なのに意外と冷静だ。
でもその表情の変わらなさがやたらと嬉しい。
確かにアズサさんからしたらなんでとしか言えない状況だろう。わかる。でも来たものは来たんだから受け入れて鍋を食べてほしい。
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