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ラブ・ファイア 3
まだ納得のいっていない家主の手を握って引っ張って、リビングへと連れていく。
それぞれがすでにそれぞれの場所を見つけてくつろいでいた。
確かに部屋の中はがらんとしていて、生活感がない。最低限の家具はあるものの、ここでくつろいでいる様子が見えない。
そんな部屋の中で、みんなはさっそく持ってきた道具と食材を広げていた。
「ほーら柾さんが食材を買ってきてくれたぞー」
「スーパーで手当たり次第に放り込んだ」
「料理人としてあるまじき適当さ」
「鍋なんてなに入れたってうまいんだよ」
それはそう、と全員で頷いて用意を始めるのに加われる辺り、僕も少し馴染んできた気がする。
肉の袋と野菜の袋が大雑把に分けられていて、みっちりと食材が詰まっている。クーラーボックスの中にはアイスとお酒とその他飲み物が入っていたけれど、アイスだけ冷凍庫に入れられたようだ。そこに道具類が入った箱があるから、このままキャンプにでも行けそうな大荷物。
アズサさんの家にはなにもないだろうからと一通り持ってきて正解だった。
かろうじてテーブルとソファーはあるけれど、モデルハウスの方が飾り気があるくらい素っ気ない。
ガスコンロも鍋も、包丁もまな板も全部持ってきたからそれぞれ役割分担して鍋の用意を進める。バーベキューの時も思ったけど、こういう時にさっさとやることをやる辺りが仕事のできる人たちという感じがする。
メニューはとりあえず肉と野菜をたらふく食べようとすき焼きにした。色んな鍋の案が出たから折衷案でみんな大好きすき焼きだ。
ただ野菜嫌いが多いので肉の分量はだいぶ多い。
なによりまずはご飯の用意。家の炊飯器ごと持ってきたから、お米を研いで早炊きでスイッチオン。
その間に他を切ろうと思ったんだけど。時間が限られているからと仕方なく柾さんが腕を振るってくれて、食材の用意はあっという間に済んだ。野菜の切り方は早い上に見目が綺麗。参考になるなと記憶に留めながらこちらは割り下を作る。味付けが僕でいいのか多少不安ではあるけれど、任されたからにはしっかりと作ろうじゃないか。
それにしても、お金に糸目は付けない大人たちの集まりとなると、普段僕が見ない類の肉たちが勢揃いするから恐ろしい。なんたって袋から取り出すたくさんの牛肉のトレイの色が、普段見ているものとは違うんだから。
これだけいいお肉が揃っていれば、もはや自動的に美味しくなるんじゃないかなんて考えてしまう。そんな中、家主だけが状況に取り残され、所在なげにソファーに座っているのが見えた。借りてきた猫ならぬ、保護された犬感が出ている。物悲しいけどどこか可愛い。
それでも全員が一斉に動いたおかげで用意はあっという間に終わった。
熱した鍋に牛脂を溶かし、美味しそうに切られたネギを焼く。次いで軽くお肉にも焼き色を入れ、そこに割り下を回し入れたら、あとは他の食材を入れて火が通るまで煮るだけ。ご飯も炊けて準備万端だ。
香ばしい匂いが食欲をそそるのか、すでに適当な乾杯で酒盛りが始まっているし、卵の用意も終わっている。アズサさんは明日の撮影のためにお酒を飲まないみたいなのに、全員目の前で飲むことに遠慮がない。
「よっしゃ。それじゃ、アズサ生きてて良かったね。かんぱーい」
そろそろ煮えただろうというタイミングで缶を掲げると、紫苑さんが適当な乾杯の音頭を取って一気。それと一緒に鍋に一斉に箸が伸びる。全員肉スタートだ。
「うまー。肉と酒最高ー」
「お肉じゃんじゃん入れますね」
大盤振る舞いのお肉をまとめて入れれば、煮える間にお腹が空いた面々が野菜を食べてくれるから良い。ただ柾さんは他にも色々総菜を買ってきたようで、おつまみ代わりにそちらもすごい速さで消えていく。
バーベキューの時も思ったけど、みんな細いのに意外と食欲旺盛だ。
「アズサさんも食べてくださいね」
「ん、巴もちゃんと食べて」
家主であるアズサさんは、なぜこんなことになっているのかちゃんと飲み込んでいるのかどうか。
というか、どうやら思考を放棄しているらしいアズサさんも、同じように食べてくれるから安心する。やっといつもらしい雰囲気になってきた。
「あーあ、今頃本当だったら可愛い女の子に囲まれてじゃんじゃん稼いでたってのに、こんな男だらけのすき焼きパーティーすることになろうとは」
「しょうがないじゃん。種ちゃんがそこの甲斐性なしからぜんっぜん連絡なくて落ち込んでたんだから」
ぶっと柾さんが噴き出したのが聞こえた。隣でヨシくんも笑いを飲み込んでいる。どうやらアズサさんの甲斐性なし呼ばわりが面白かったらしい。
「い、いえ、忙しいのに僕のことで煩わせたくなくて、僕からも連絡しませんでしたし。迷惑になると良くないので。……そりゃあ寂しくないと言ったら嘘ですけど」
別に一方的な話じゃない。事が事だし、事態が落ち着くまで大人しくしておいた方がいいと注意もされた。
だから本当はこんな風に押しかけちゃいけないこともわかっている。だけどアズサさんが元気がないと聞いて抑えが利かなくなってしまったんだ。連絡を取らなかったのは間違っていない。この行動がイレギュラーなだけ。
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