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ラブ・ファイア 4
「こりゃ確かに甲斐性なしだ」
かばったつもりはなかったけれど、そういう風に聞こえてしまったのかもしれない。
大げさにため息をついた紫苑さんが肩をすくめた。いつの間にか開けた自前のシャンパンは手酌。しかもどこから持ってきたのかちゃんとシャンパングラスだ。
「お前なぁ、太客はこまめに連絡取らないとすぐに来なくなるんだぞ? 離したくないもんを捕まえとくのに努力は惜しむな。相手の好意に甘えんな」
「……こう見えて割と真面目っすよね紫苑さん」
「誰だって気持ち良くボトル入れたいだろ?」
さすがNo.1ホストは説得力が違う。
一見チャラくてオラオラ系の紫苑さんだけど、それぐらいこまめじゃないとずっとその立場はキープできないだろう。髪といい名刺といい営業努力をちゃんとしている。
「まあ、連絡はちゃんと入れてほしいよね。先の予定とか特に」
「わかる」
「まあ常識だな」
そしてそれぞれの立場から冷静に指摘されて、アズサさんは小さくごめん、と謝った。その件に関しては僕も同罪だし、引き分けだ。あとたぶんこの人たちは、なにか違う過去に対して憤っているんだと思う。実感のこもった頷きが深すぎる。
「ごめん、巴。ハンバーガーも美味しかったってすぐ伝えたかったんだけど」
今まで黙って言われたい放題だったアズサさんは、僕の髪をそっと梳いてからうなじへと手を滑らせた。
「声聞いたら、会いたくなるから」
「「「「うわあー」」」」
アズサさんの呟きに、4人分の声が重なる。僕は赤くなる。
「似たもの同士」
理由は、そのセリフももちろんだけど、空木さんの呟きと意味ありげに送られた視線に込められている。
アズサさんは知らないけれど、僕も同じことを言いました。同じ理由で連絡しませんでした。話し合ったわけでもないのに理由が一致していたのがなんとも気恥ずかしい。
「ごめんな」
「……アズサさん、もしかして番になったの後悔してます?」
番の印である歯形に触れながら謝るアズサさんの表情を見ていたら、ふと気になった。
こんなことになって、もしかしたら僕を番に選んだことを後悔しているんじゃないかって。
「それはしてない。まったく。でも、考えが甘かった。巴のことをちゃんと考えるべきだった」
「それは、僕も思いました。アズサさんのことを考えるべきだったって」
即座に否定されて、でも違うことで後悔されて、落ち込む顔に僕も反省を返す。
「うーん賢者の贈り物だねぇ」
空木さんが言いながら缶ビールを呷っている。
賢者の贈り物って、お互いが想い合っているがゆえにすれ違って失敗する話だっけ。言われればそうかもしれない。素直に連絡していたら、もう少し不安にならなかったのかもしれないし。
「……あれだろ。番になるの急いだの、俺らに取られると思ったんだろ?」
「思った」
続いた紫苑さんの言葉にまさかの即答。思わずアズサさんの顔を凝視してしまった。なんておかしな心配をしているんだ。みんなシェアハウスの住人として、家族みたいに仲良くしているのに。今のだって、紫苑さんのいつもの軽口じゃないか。
「わかるわかる。種っち可愛いし、俺かっこいいし。周りもアルファの男どもだらけだもんな。しかも全員ハイスペック。不安になるのはわかる」
「酔ってんの?」
腕組みをしてうんうん頷く紫苑さんに、冷めた目でつっこむ空木さん。
「恋は盲目、とも言い切れないか」
苦笑いの柾さんの視線がヨシくんに飛んで、なんとなく言いたいことがわかった。
心配されるのは、起こりえない恋愛沙汰の話ではなくアルファとオメガという性の話。恋愛感情なんかなくても、事と次第によっては間違いで番になることもあるという。それをアズサさんは心配していたのか。僕がそれだけ頼りなく思われているんだろう。
大丈夫だと言い切れないくらいの失態も見せているし。
「……まあ、確かに種ちゃん相手じゃ事を急ぎもするか」
「俺でもわかるもんな。わかってないって」
空木さんと柾さんの大人組がため息をついているけれど、自分の不甲斐なさは十分わかっている。
「でも、僕たち番になったんです。それは運命なんでしょ?」
それでも実際番になったのはアズサさんと僕で、それ以外の誰でもない。
騒がれようが合っていなかろうが、それだけは純然たる事実だ。
「思うんですけど、結局何事もなるようにしかならないんですよ。だからこれからどうしていくかを考えましょう」
「種ちゃんおっとなー」
結局のところ悩んだところでそれは僕たちの問題ではないし、僕たちは僕たちでできることをするしかない。
撮られて騒がれたのなら、その後どうするか。
と言ってもやっぱりできることは限られていて、アズサさんの事務所がこれからどういう方針で行くか僕らで決められることではない。
できれば藤さんみたいに少しでも認めてくれる人を増やしたいけど、こればっかりは一朝一夕でどうにかなるものでもなし。
「……僕家族ができてとても嬉しいんです」
とりあえずこれだけは言っておこうと、素直な気持ちを告げる。みんながいて、多少お酒が入っている今だからこそ言えることもある。
「お世話になったどこの家の人もみんな優しかったし、家族として扱ってくれようとしたけど、そうやって気遣われれば気遣われるほど、僕はお客さんで、やっぱり違うんだなってずっと思ってて」
転々とはしたけれど、引き取ってくれた親戚は厄介者でしかない僕をちゃんと大事にしてくれた。だからこれは俺のわがままでしかないけれど、その「大事」がどうしても線を引いている気がしてどこにも馴染めなかった。
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