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ラブ・ファイア 5
「だけどあの家に住んで、みんなと過ごして、なんかすごく居心地が良くて、そう思えるのがすごく嬉しいんです。放っておいてくれるのも、すごくかまってくれるのも、僕の前でだらだらしてくれるのも。……でも、そういうのもいつかなくなっちゃうんじゃないかって、不安に思う気持ちを繋ぎとめてくれるのは、アズサさんの刻んでくれたこの跡なんですよ」
うなじに触れれば、しっかりとアズサさんが噛んだ跡がある。
この消えない跡がある限り、僕は1人じゃない。
「僕は、アズサさんと番になれて嬉しいです。こんななにも取り柄のない人間が番相手なんて、アズサさんにも周りにも迷惑はかけちゃうかもしれないけど、でも」
「巴」
言いかけた言葉を止めて、アズサさんはまっすぐと僕を見た。そのまま強く抱きしめられる。
「俺は絶対押しも押されぬかっこいい男になって巴を幸せにするから、もう2度と自分のことをそんな風に言わないで」
叱るように語気を強めるアズサさんに、少しだけ驚いて「はい」と返した。そうか。こんな言い方してちゃいけないな。
なにもなくて見合わないのなら、見合うように努力しなくちゃ。
「巴は俺にとってなににも変え難い大切な相手なんだから、覚えておいて」
「僕もです」
もう一度強くハグされて、その暖かさに身を任せる。
アズサさんがそう言ってくれるなら、ちゃんとそう思われるのに相応しい存在になればいい。
「……よし。2人の世界に入ってるうちに肉を食おう」
空木さんの呟きで、止まっていた箸の音が再開する。
そうだった。みんなの前だったんだ。つい嬉しくてアズサさんしか見えなくなっていた。
「種ちゃんが取り柄がないとかなに言ってんだって感じだけど、1個1個挙げてたら肉がなくなりそうだから今度にするね」
「これだけ俺たちのこと手懐けといてよく言いますよね」
「つーかのろけんならあっちでやってくれ。つっても寝室はやめろよ?」
「そうですね。あ、この肉もらいます」
「は? それ俺が入れた肉」
「やっぱ高い肉は美味いな」
「シェフが身もふたもないことを言ってる」
ワイワイガヤガヤすっかり元の雰囲気で食事をするみんなに、今さらながら恥ずかしくなってきた。
みんなの前でハグとかしちゃった。
「……せっかくだから俺たちも食うか」
「ですね」
そもそもアズサさんに食べさせようと思って来たんだ。目的を見失ってどうする。
恥ずかしながら僕らも食事を再開した。アズサさんはいつも通りの顔だったけど、食べる1口が大きかったから照れてはいたんだと思う。
その後締めのうどんまで堪能して、食後のまったりタイム。ここでバラバラに行動するのがマイペースのみんなのいいところ。
「巴、アイス持ってくの手伝って」
「あ、はい」
そんな中、食後のデザートをちゃんと覚えていたアズサさんに呼ばれキッチンへ。ドラマのセットのような大きなシステムキッチンは対面式で、使っていないせいでとても綺麗。もったいないけど、忙しければしょうがないよなとカウンターを手でなぞっていると、突然引っ張られてその場にしゃがんだ。
なにかと思う間に、引き寄せられてキスをされる。
「ん……っ?」
「うまい」
触れた唇をぺろりと舐められ、突然のことに遅れて顔が熱くなる。
向こうからはキッチンの陰に隠れて見えないだろう。それを狙って呼んだのか。この大勢の中で、2人きりになるために。
「もう1回」
とはいえ普通に喋っていれば聞こえてしまうから、至近距離だからこそ聞こえる小さな声でおねだり。するとアズサさんはすぐにすき焼き味のキスをくれて、嬉しくてもう1度触れた。
みんながそこにいるのにこんなところでキスしているドキドキ感と背徳感がすごい。
でも目の前にアズサさんがいるんだ。少し欲張りにもなる。
「好きだよ巴」
幾度目かのキスの後、誰にも声が聞こえないように耳元で囁かれて、熱くなった耳にまた小さなキス。
こんなところで言うのは卑怯だと思う。今アイスを持ったら溶けてしまうじゃないか。
「……調子乗った。ここまで」
と思っていたら、アズサさんは唐突に呟き誤魔化すように冷凍庫を開けた。誰か来たのかと思ったけどそうではないらしい。けれどその焦り具合はなかなかで。
「もしかして、好きオーラ飛んでます?」
「……かなり」
その場にへたり込んだまま可能性を問えば、苦みの混じった声で返された。
どうやら無意識のうちにフェロモンが出ていたらしい。普通番になったらそういうのは落ち着くって聞いたし、そもそもヒート以外でそんなにフェロモンが出るはずないんだけど、僕の場合はもう少ししないと安定しないらしい。
つまりそれまでの間は、僕がときめいていることを簡単にアズサさんに知られるということ。番になって無節操にフェロモンをバラ撒かなくなった分、アズサさんに一点集中してしまうらしいんだ。
だから気をつけないと、アズサさんに色々不都合な思いをさせてしまう。
「……多いな。どれ食うの」
頭を冷やすように冷凍庫を覗き込んで、アズサさんがぼやく。中には大量のアイスのカップが入っていた。手当たり次第買ったんじゃないかという量と種類。こんなに持ってきていたのか。
「俺ティラミスのー」
「あ、俺はグリーンティーでお願いします」
「俺はリッチミルクだな」
「じゃあ俺は種っちを……いって! 俺の顔に傷がついたらどうすんだ!?」
「自業自得」
それぞれ別のことをしていても、こういう時はしっかり反応するみんなの一致団結具合に笑う。
1つ紫の人に投げつけはしたけれど、オーダー通りのアイスを持って戻るアズサさんを追って、ストロベリーとラムレーズンを手に僕も戻った。
なぜかニヤニヤされている気がするけど気のせいだろう。たぶん。
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