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第2話 よくある偶然
昨日、たまたま喫煙室に目をやった事であの男の存在に気付いた。
誰でも出入りできる場所なのだから、行きずりの喫煙者である可能性も高い。
が、できるならばもう一度遠目でもいいからあの男の姿を見たいと有希也は願った。
15時。
有希也は胸の昂まりを抑えながら28階に来た。
いつも座っている窓際のソファが空いているか確認する前に、今日は先にガラス張りの喫煙室に目をやった。
昨日と同じ場所にその男がいた。
一気に有希也の鼓動が早く、強くなった。
その男のネクタイは既に弛められていた。
指先にはさんだタバコを口にするその所作が美しく見えるのは、長い指のせいだと思った。
フロアーの中央から窓よりにいくつものソファが設置されている。
有希也はフロアーを分割するように置かれている大きめのイミテーションプラントの脇を抜けて昨日と同じ場所のソファに腰をおろした。
できる限り自然に喫煙室の方向へ顔を向けると、座った所からは喫煙室のドアは見えるが男の姿は見ることができなかった。
フロアーに幾つかある太い円柱の一つが、丁度、喫煙室のその男がいる場所への視界を邪魔していた。
(昨日は見えたのに)
有希也は男の姿が見えるソファへ移動するか迷ったが、結局そのままそこに居続けた。
しばらくして喫煙室のドアが開き、男が出てくるのが見えた。
男は、細身の有希也より明らかに体格がよかった。
もし隣に立つと自分は耳元くらいの高さかなと想像した。
既にネクタイは締め直され、引き締まった表情でエレベーターホールの方へ歩いて行く。
有希也はその姿を目で追った。
何秒くらい見ていたのだろうか。男がフロアーを出る間際のほんの一瞬、男と視線が合った。
そして有希也の方が先に目を逸らした。
昨日座ったソファが、たまたま男が見える位置にあったのだろうか。
今いる場所とさほど変わらないように思えるが、少しのソファの置き方の角度で今日は見る事ができなかった。
以前から男が居た事を今まで気づけなかったのかもしれない。
そしてソファの位置が今日と同じなら明日はどうしようかと、有希也は考えていた。
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