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第7話 思いの他、好評

 翌朝、有希也は少し早起きしてシャワーを浴びた。夏の暑い時期のシャワーは毎朝の習慣だが、まだ汗ばむ事もない今の時期の朝シャワーは水が湯に変わるまでは少し寒かった。  タオルで拭いた後、昨日巽から渡された香水を手に取った。  洗面台の鏡に映る胸元に、レクチャー通りにほんの少しつけてみた。  手首や首筋につけるのはよくあるが、オフィスでは香りが悪目立ちしないように、衣類で隠れている箇所につけて、体温で揮発したほのかな香りを楽しむのがいいと巽に言われた。  有希也にとって初めての香水。  あの時、試香紙から香ったのとは少し違う香りがした。時間が経つにつれて変わるらしい。  早起きした事で、余裕を持って支度ができた。きっかけ一つで、朝から気分良く仕事に行けるものだと有希也は思った。  オフィスに着くと、いつものようにパソコンに電源を入れてメールを確認する。  有希也は香りの事で何か言われるか、誰かが傍を通ると少し緊張した。  しばらくして仕事に集中し始めると、香水の事は頭から離れていった。 「橋本さん、なんか今日いい匂いしますね」  突然、後ろから声をかけられた。 「えっ…」  不意打ちだった。  振り返ると後輩の女子スタッフがニコニコしながら書類を持って立っていた。 「あっ、やっぱり橋本君だったの?なんか朝からいい香りがしてるなと思ってて。うん、橋本君の雰囲気に合ってるわ、その香り」  隣のデスクの同期の田口も加わってきた。 「そうかな。ありがとう」  有希也はいい香りはもちちろんのこと、自分の雰囲気に合っていると言われたことも嬉しかった。  昨日、巽に言われた事を思い出した。  巽は有希也が実際に付けなくても、この香りが有希也に合うとわかっていたのだろうか、さすがというべきか、有希也の内側を見られたようなこそばゆさを感じた。 「グリーンウッドベースにシトラス系のベルガモットかな?サンダルウッド?」 「そうそう。グリーンウッドですよね。橋本さんはムスクとかスパイスのイメージじゃないですよね」  有希也の頭の上で聞き慣れない単語が飛び交う。昨日、自分が伝えた感想と、同じ香りを指しているとは思えない言葉の連なり。 「その香水どうしたの? 自分で買ったわけじゃないでしょ? ねぇ誰かからのプレゼントでしょ?」  同期と後輩の興味津々の目が有希也を離さなかった。 「知り合いにもらって…」  モニターになっているとは言いにくくなり誤魔化したが、それが彼女達を焚きつけてしまった。 「もう、何それ。知り合いが、雰囲気ぴったりの香水をくれるわけ?」  田口は椅子を回転させて有希也に向かって、呆れ顔で続けた。 「あのね、橋本君はただの知り合いと思っているかもしれないけど、贈った方は絶対そんな風に思って欲しくないと思うわよ。受け取ったんだからちょっとはその気あるんでしょ?ちゃんと気づかないと。そういう所よ、橋本君が今お一人様なのは」  後輩も続いた。 「橋本さんって優しいけど、たまに、これ気づいてよって言いたくなるような鈍感なところありますよね。」  先輩も頷いた。 「でも、いいセンスしてるわよね、贈ったその人。甘すぎず、爽やかで、少しクセのある中性的な香り。橋本君ってそんな男臭くないし。ほんと、橋本くんのことよく知ってるんでしょうね」 「やだ、なんか羨ましいですよね。あたしも誰かに見ててほしい」  その話しはいつ終わるんだと思いながら、有希也は黙ってやり過ごすしかなかった。  黙ったままの有希也を見た田口は 「まぁ 朝からその香りで癒されたし、明日もつけてきてね」  有希也は無言で笑顔を向けた。  女子の恋バナと妄想は半端ないと思った。

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