8 / 52

第8話 報告

 有希也は、迷っていた。  昨日の今日であるが、巽にすぐ報告をするべきか、数日後にした方がいいか。  巽に会って香水の事を伝えたい気持ちはあるが、社内でも好評であったと言った時点で、モニター終了となってしまいそうな気がした。  週明けにするかとも考えたが、月曜日は定例会議がある事を思い出し、火曜日にするくらいなら、やっぱり今日にしようと決めた。  昼休憩後に主任から、今日の16時のクライアントとの打ち合わせの時間が前倒しになると言われた。先方次第ではあるが、15時過ぎになるだろうと。  有希也は巽への報告を今日にしようと意を決したが、難しくなりそうだった。  有希也は何故か賭けてみようと思った。  15時前に早めの休憩の態でオフィスを出て、28階に行く。そこで一瞬でも巽と会えたら、極めて簡単に伝えて、来週もう一度ゆっくり話す。  会えない確率の方が高いが、以前に偶然、巽と前後に乗り込んだエレベーターはチャンスをくれる様な気がした。  オフィスの壁時計の長針が11を指すと、有希也は席を立ち、気づかれないようにオフィスを出た。  何故か心臓が高鳴っているのを感じた。  間も無くエレベーターが来た。中はまぁまぁの混み具合だった。このまま途中で止まる事なく最上階に着けばいいのにと願っていたが、願い虚しく直ぐに止まった。そこは20階だった。  開いた扉に目をやると巽が乗り込んで来た。  有希也は思わず声を出しそうになった。  巽も有希也に気付き、すいませんと乗降人の間を抜けて、有希也のそばにきた。 「よかった 会えて」  巽は小声で言った。    更に顔を有希也の耳元に近づけて、やっぱりと囁くように言った。  巽に顔を近づけられた時、あり得ない事だが 一瞬キスでもされるのかと身構えた。 (やっぱりって、なに?)  エレベーターが28階に到着すると、有希也は、また直ぐにオフィスに戻らないといけないことを思い出した。 「あの、巽さん。今日急に打ち合わせの時間が早まって、もう戻らないといけないんです。それで昨日の香水の事も話したかったんですけど、あの、とにかく良かったです。あの香り」  巽は有希也の必死さに思わず笑いそうになったが、笑顔で頷いた。 「ありがとう。じゃあ来週改めて話そうか」  と言って、有希也の両肩を掴み 「もう一度だけ。」  巽は自分の鼻先を有希也の首筋に近づけた。        そして、うん、と頷き笑顔を見せた。 「あの、じゃあ来週の火曜日でいいですか?」 「もちろん。忙しいところ、ありがとうね」  有希也はエレベーターに乗ると、大きく息を吐いた。  巽に掴まれた肩にはまだその感触が残っている。  巽の一挙一動には、男らしさもあるが、同時に艶かしさもある。  オフィスに戻っても、有希也はまだドキドキしていた。 

ともだちにシェアしよう!