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第12話 天麩羅

 有希也は、大学の連れの感想を伝えても、参考になるだろうかと思いながら、巽との食事の待ち合わせ場所へ向かった。  18時30分  時間的にも、繁華街は賑わいを見せてきた。     夏はまだ先だが、ビアガーデン近日オープンのチラシを手渡された。  今日はどこに行くのか。  数日前に巽から連絡があり、日にちと時間と待ち合わせ場所だけを決めて、店は教えてくれなかった。  有希也は、言われた交差点の角で待っていると、こちらに向かって歩いて来る巽を遠目でもすぐに見つけられた。 「ごめん。待たせたね」 「俺もついさっき来たとこです」 「じゃ、行こうか。店はこのビルの隣なんだ」  巽はそう言うと、隣のビルの入り口横にある地下に向かっている階段を降りて行った。  地下には食事や酒処が数軒並んでおり、そのうちの一軒、格子戸に生成りの麻暖簾が掛かっている店に向かった。  巽に促されて店の中に入ると、着物姿の女将が、おこしやすと言って二人を出迎えた。  戸惑い気味の有希也に巽は 「この店の本店は京都なんだ。女将も京都の人でね」  そこは揚げたての天麩羅を食べさせる店だった。 「予約していた巽です」 「へぇ、おおきに。お席はこちらです」  と言って、女将は半個室に案内した。  部屋に通されて着席しても黙ったままの有希也に、巽は笑顔で 「ここの天麩羅、すごく美味しいんだ。天麩羅苦手じゃないよね?」 「はい。大丈夫です。こんな目の前で揚げてくれる店なんて入った事がないから、緊張します」 「大丈夫だよ、緊張しなくても。今日は俺持ちだから、好きなだけ食べて」 「でも、食事に誘ったのは俺なのに」 「いいんだよ。モニター報酬と思っておいて。 それに、俺は有希也君より大人の35歳だからね」  巽は楽しそうに言うと、有希也にビールでいい?と聞いて、女将に慣れた様子で瓶でと伝えた。  暫くして瓶ビールと冷えたグラスを持ってきた女将にコース料理を注文した。  お互いのグラスにビールを注いで、乾杯をすると、有希也の表情も和らいできた。   「数年前、初めて上司に連れてきてもらってから、たまに来るんだよ。」 「俺なんか、てんぷらっていうと、のり弁にのってるちくわのてんぷらしか食べた事ないですよ」  巽は声を上げて笑った。  すると女将が天紙を敷いた竹籠に揚げたての天麩羅をのせて運んできた。 「お待たせしました。まずは、なんばです。お塩でどうぞ」 (なんば…?)  有希也は巽に目で尋ねた。 「トウモロコシだよ。食べたら驚くから」  有希也は5センチ角に削がれたトウモロコシの天麩羅を口にすると 「えっ…こんなに甘いんだ。めちゃくちゃ美味しい」 「な?言った通りだろ」  巽は期待通りの有希也の反応に喜んだ。  その後も、女将の丁寧な食材の説明を受けながら、有希也は一品食べる度に美味しいを連発していた。  締めのご飯物は幾つかから選べる事ができたが、巽の強い勧めで、天茶漬けにした。  女将が小海老のかき揚げがのった丼を有希也の前に置くと、にこやかに 「音もお召し上がりください」  と言って、熱々の出汁をその上にかけると湯気をともに、丼からジュジュッと音がした。  漆塗りのスプーンを使って、有希也は米粒一つも残さずに食べた。  コース最後の料理を食べ終わる頃には、有希也は女将と談笑ができるくらい打ち解けていた。 「そないに、褒めてもろて、嬉しおす。ほんまおおきに」  女将は最後も京都弁で感謝を伝えた。  有希也は香水の報告をする事をすっかり忘れていた。

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