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第16話 偏屈 宮之原
「巽、あんた、また何やらかしたのよ」
神崎は巽を見つけると大股でヒールの音を立てながらやってきた。
「何のことだよ」
巽はムッとした顔で答えた。
「さっき、宮さんに相談したい事があって声かけたら、怖い顔して後にしてくれって言われて、でその後、あのスケベ野郎、だって」
「なんで、それが俺になるんだよ」
「宮さんがそんな事をいう相手って、あんた以外誰がいるのよ、うちの会社の中で」
神崎は持っていた書類を巽の前に置いて
「もう、何したのか知らないけどさ。この間の、森の中でレモン食べたモニター君の香水は中止になったけど、別に問題ないんでしょ?その代わりの『海』もシリーズ化出来そうだし。で一発目のシャワージェルの相談しようと思ったら、後にしろだって。だから、あんたから、これ宮さんに持って行ってきてよ」
書類を受け取ってくれなかったのは巽のせいだと言わんばかりに、言いたい事を捲し立てると、神崎はさっさと自分のデスクに戻っていった。
「…ったく」
巽は不満気ではあったが、宮之原のご立腹の原因は自分にあるのは明白であったため、仕方なく書類を手に、宮之原のいるラボに向かった。
ガラス扉をノックして入った。
ラボの中は宮之原一人だけだった。
「宮さん、これ神崎から。可及的速やかにお願いしますって」
宮之原は背中を向けたまま、ふんっと鼻息混じりの返事をした。
書類を置いて、退室しようとした巽に
「おい、これはもうここでは不要だ。さっきのガキにでも渡しとけ」
そう言って、宮之原はキャビネットから試薬瓶を取り出し、巽の前に置いた。
「宮さん。彼は十分大人ですよ」
宮之原は返事もせず、巽が持ってきた書類に手を伸ばした。
巽はやれやれといった様子で
「では、ありがたくいただきます」
と言い、瓶を持って退室した。
瓶にはおそらく有希也に渡した香水が入っているのだろう。
有希也がモニターになった香水の販売を中止にしたのは、別に下心だけではないことを宮之原は理解している。
有希也に似合っても、世の中の男達がそれを求めるかといえば、難しいだろうし、また神崎が進めている関連商品の新しい展開も難しい。
宮之原が不機嫌なのは、男性用の商品として難しければ、女性用に転換させるなどの対策もとらずに、言わばお蔵入りにしてしまった事が原因だろう。
腹を立てるのは尤もだった。
彼は香りを誰よりも大切にしている。
自分で処分せずに巽に渡したのは、宮之原もあの香りが有希也に合っていると思ったのだろう。
だからガキに渡しとけと。
巽は偏屈宮之原に少し感謝した。
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