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第22話 キス攻め

 翌日。  昼休憩前に巽からスマホにSNSで連絡がきていた。 『今から、打ち合わせで出るから15時は会えないけど、昨日の場所で18時半過ぎに待ってるよ』  有希也は昨日の場所は公園か屋台近くの駅前のどちらなんだろうと思った。  両方の場所でキスをしたなんてと思い出しただけで顔が熱くなってきた。  デスクのクリアファイルで扇ぎながら巽へ返信をした。  定時過ぎに会社を出た有希也はゆっくりと公園の方へ歩いて行った。 (たぶん、公園の方だろうな)  陽も落ち始め辺りは暗くなりかけていた。     昨日のベンチに巽の姿を見つけると、有希也は小走りで駆け寄った。 「待たせてしまって、ごめ…」    有希也はごめんなさいと最後まで言えなかった。  巽は有希也の腕を引き寄せて半ば強引に抱きしめた。そして有希也の細い顎を押さえて昨日とは比べられないくらいの強く激しいキスをした。  顎を押さえられているせいで有希也の口は閉じることができず、巽の舌が有希也の舌に絡みついてくる。  密着した口元からは唇を吸い付く音と吐息が漏れていた。  有希也はきつく目を閉じて抗うことなく巽を受け入れていた。  お互いの唇が離れる時にチュッと小さい音がした。 「昨日、別れた時からずっとこうしたかったんだ」  そう言って巽は有希也の口角から少し垂れている唾液を指で拭った。  有希也は巽が待ち合わせの場所をここにした理由がわかった。  周りに誰もいない場所では、巽は有希也の肩に手を回して、身体を密着させて歩いた。 「最初に言っとこうかな、俺ベタベタするの好きだから。でも公衆マナーは守るからね」  有希也はどう?とばかりの顔で見る巽に 「俺は、人並みで」 「なんだよ、人並みって」  巽は笑った。有希也もつられて笑った。  公園から駅に行く途中で、巽はジュリアンに行きたいんだけど、と有希也に言った。 「ママから前に頼まれ物をしててね。この間の出張先でやっと手に入ったから渡しにいきたいんだけど、よかったら付き合ってくれない?」  巽は前回のママのハイテンションを有希也はどう思っているか心配で、少し遠慮がちに聞いた。    どうせ揶揄われるのは覚悟の上と、有希也は笑顔で了解した。 「こんばんは」 と言ってジュリアンの扉を開けると、今回も野太い声がとんできた。 「あらぁ。早速来てくれたのね。嬉しいわ。ありがと」 ピンクのスパンコールのタンクトップに黒のホットパンツ姿のユミママが出迎えてくれた。 「遅くなったけど、今日は頼まれてたのを持ってきたよ」   と言って小さな箱を渡した。 「あら、覚えていてくれたのね。ありがと。アタシこの色が好きなんだけど、もう廃番になるって聞いてね。ほんとありがとう洵ちゃん」  箱の中はママが好きそうなド派手なピンクの口紅だった。 「ユキちゃんもいらっしゃい。来てくれてありがとね」  と言って、有希也を見るなりニヤついた顔をした。 「ユキちゃん、なんだか艶っぽい顔してるわね。洵ちゃんとベロチュウでもしてきたの」  有希也は揶揄われる覚悟はしていたが、さすがに笑えなかった。そして、真っ赤になった。 「もう、可愛いんだから。明太子ちゃんったら」 「ママ、もう帰るよ」  巽は半ん怒り半笑いの顔で言った。 「ああん。ごめんなさい。でもいいじゃない幸せそうよ。アンタ達」  二人は前回と同じカウンター席に座るとバーテンダーのニコもいらっしゃいませ、とにこやかに挨拶をした。そして 「有希也さん、ママを嫌わないでくださいね」  と優しく言った。 「大丈夫ですよ。覚悟して来ましたから」 「ありがとうございます。お飲み物は何になさいますか?」  巽はいつものハイボールを頼んだ。  有希也が迷っていると、同じのを飲んでみる?と巽に聞かれて、それにする事にした。 「今日はお腹は空いていませんか?」  ニコの言葉に、巽のキス攻めでまだ何も食べていなかったことに気付き、二人は目を合わせた。 「じゃあ、何かお願いしてもいい?」 「はい。もちろん。ナポリタンでも作りましょうか」  そう言ってニコはハイボールを出した後、調理を始めた。 「ニコちゃん、ハイボール二つお願い」  ソファ席で接客しているママの声がした。 「ニコさんのハイボールが人気なんだよ」  巽が訳知り顔で言うと、有希也も笑顔で言った。 「この間の苺のお酒も美味しかったけど、このハイボールも美味しい」  巽は有希也の嬉しそうな顔を見つめていた。  ナポリタンが出来上がると、有希也はニコに向かって 「ニコさんは、どうしてニコさんっていうんですか?」 「あぁ、俺も聞いたことなかったわ」 「ニコが名前につく有名人と似てるから?それとも名前にニコがついてるとか?」 「ニコがつく名前はさすがにないだろ」 「どれも違いますよ」 とニコは笑いながら話し始めた。 「私が初めてここで働くようになって、それまでは違う店でもバーテンをしてたんですがね。その店はただ酒を作って提供していればいい店でしてね、でもまぁ色々あってその店が潰れて、その後縁あってここにくる事になったんですよ。今までは無愛想でも問題はなかったんですが、ここではママから接客業は笑顔が大切なのよってきつく叱られましてね。私が笑顔で接客が出来るようになるまで、アンタのことニコちゃんって呼ぶからって。そこからニコちゃんですよ」 「でも、ニコさんいつも笑顔じゃないですか」 「まぁ、私も人並みに笑顔で接客ができるようになったんですが、ママのあの性格ですから、名前を変えるのも面倒とそのままなんですよ」 「ニコさん、いい名前ですよね」 「因みに、私は本橋っていう名前なんですけどね」 「えぇ?俺は橋本です」 「そうなんですね。これからもどうぞご贔屓に」 「はい」  巽は楽しそうに話す有希也の背中へ無意識に手を回していた。 「洵ちゃん。幸せそう」  後ろからママが声をかけた。  巽は何も言わずに笑顔で応えた。

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