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第23話 甘い日常と杞憂
巽と有希也はお互いの時間が合う限り、いつもの窓際のソファに座って、休憩というひと時のデートを楽しんでいた。
傍目から見ると、スーツをきちんと着こなした大人の男と、コットンシャツにチノパンのともすれば大学生にも見える男の二人連れが、楽しそうに話していてもインターンシップ中での出来事と思われるだろう。
有希也は今こうしているのが信じられなかった。
先日までの苦しくて切なくて、どうにもならない事とわかっていても、その事を受け入れられずにいたあの時の辛い感情は、巽の告白とキスであっという間に有希也の心から消えてなくなった。
「あぁ。巽さん見つけた」
遠くから声がした。
「あれ、タケル君。どうした?」
タケルと呼ばれた男は、物知り顔で二人に近寄って来た。
「フェイスシートパックの事で梨花さんに相談で来たんですけど、帰る前に巽さんに会おうと思ったら、梨花さんがここにいるんじゃないかって」
有希也はその陽気そうな日焼け肌の男に見覚えがあった。
(あの時の…)
有希也が大泣きする一因にもなった、巽とここで戯れていた男だった。
巽は有希也の強張った顔に気づくと直ぐに
「有希也、ほら以前話したメンズショップの店長の安西健留君」
健留は少し意地悪な表情で
「初めまして、安西健留です。巽さんの元恋人です」
有希也は益々固まっていった。
「違うだろ」
と巽は強めに否定した。
「じゃあ、今のにする?」
「いい加減にしろよ。ハル君に言いつけるよ」
「あぁ、それだけはやめて。面倒臭くなるから」
巽は有希也の背中に手を回して自分の方に引き寄せ、健留が座れるスペースを空けた。
「めっちゃいい雰囲気だったから、ちょっと邪魔しちゃおうかなって思ってさ」
健留は笑いながら、有希也の隣に座った。
「ユキヤ君っていうの?」
「はい、橋本有希也です」
「ふぅん。有希也君って、いい匂いするよね」
と言って、巽の方をチラッと見た。
「あっ…そうかな」
「ねぇ、何つけてんの?」
答えられずにいる有希也を尻目に
「そういう事ね。そりゃ宮さんの機嫌も悪くなるわけだ」
巽は少しうんざりしてきた。
そして、ここに居る事を健留に言った神崎のおしゃべりを恨んだ。
「健留君。そろそろ店に帰らないといけないんじゃないか」
健留は、はいはいとばかりに肩をすくめて、立ち上がった。そして有希也に向かって
「有希也君、今度店に来てよ。日焼け止めでいいのがあるからさ。日焼け止めとか持ってないでしょ。有希也君色白いからケアしないと、だよ」
そして、健留はお邪魔しましたと残して行った。
巽は健留に向かって軽く手を上げた。
「有希也…」
巽は上げたその手で、そっと有希也の頭を撫でた。
「…うん」
有希也は巽の顔を見て、頷いた。
幸せであっても、何かしらの小さな不安や心にひっかかるものはある。それを自分の心に留めておくのか、相手に答えを求めるのか、有希也は前者のタイプだった。
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