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第26話 焼きそば

 数日後、有希也は健留の店に来た。 焼きそばを食べる約束をした日だった。 「有希也君、もう少しだけ待ってくれる」 「いいよ。慌てないで」  有希也は店内に所狭しと置かれている雑貨やコスメ類を見ていた。  店の一角のボディシャンプーが並べられている棚の横、人目につきにくいような場所に淡いブルーの小袋がカゴに入れられているのを見つけた。ちょうど紅茶のティーバッグくらいのお大きさ。    有希也は何かと思い手に取ろうとした時 「えぇ。巽さんともうそんな関係?」  後ろからニヤニヤ顔の健留が言った。 「ゴムだよ、それ」  有希也は手を引っ込めた。 「売ってるんだ、これも」 「もう、買ってく?」  健留に肘で横腹を突かれた。 「いいよ」  と有希也は笑いながら言った。  健留は店にいる陽彦に、じゃあ、後よろしくと言って店を出て、有希也に楽しそうに話しかけた。  有希也は陽彦にも挨拶をしようと思ったが、忙しそうにすぐ店の奥に入ってしまった。 「ハル君一人で大変じゃないの」 「一緒に店立ち上げてるからね。一見抜けているようだけど、頼りになるんだよ」  健留は腹減ったと、大きく伸びをした。    焼きそばの店は空腹を満たす高校生や酒のあてにする仕事終わりの会社員で混雑していた。 「有希也君、何にする?俺はソースだけど、塩やあんかけも美味しいし」 「俺もソースにするわ」 「有希也君はお酒飲むの?」 「飲むけど。絶対じゃないよ」  注文を聞きに来た店員に、 「ソース焼きそば二つと、塩を持ち帰りで一つと、それとトニック水二つ」 「ハル君の?」 「そう、ここの塩好きなんだよ、アイツ」 「優しいんだ。健留君」 「俺の事、どんな風に思ってるんだよ」  クスクス笑う有希也に 「有希也君も巽さんに大事にされてるだろ」  有希也は肩をすくめた。 「ハルはさ、俺にとっては大切な奴なんだけどね、どこまでわかってんのか俺の気持ちをさ。なんか最近は放っておいたら、直ぐどこかに行ってしまいそうでさ」 「でも、お互い好きなんでしょ」 「まぁ、俺がアイツに無理矢理でも好きって言わせてるようなもんだけどね」 「健留君て、ナイーブだね」 「だから、俺の事どんな風に思ってんだよって言っても、最初の印象はやな奴だったもんな。 何度も言うけどさ、あの時の巽さんの有希也君を見てた目って、めちゃ優しそうでさ。仕事の話しをしてる巽さんしか見た事がなかったから、ちょっと驚いたっていうか。巽さん、好きな人にはこんな優しい顔するんだって思ったよ。結構怖いんだよ仕事中の巽さん。眉間に皺寄せて、厳しいことガンガン言ってくるの。で、お陰で店はうまくいってるんだけどね」  有希也は知らない巽の一面を聞かされた。  喫煙室の巽はまさしく仕事モードだったのだろう。  健留は陽彦の話しを続けた。 「高校の時のハルはさ、めちゃくちゃ可愛いかったんだよ。健留さんは僕のこと好きなんでしょって、生意気に言ってくんの。普通はさ、僕のこと好きなんですか?とかぐらいに聞くだろ?でも、惚れた弱みで、好きだけどって言ったらさ、アイツの顔がちょっと嬉しそうで可愛くてさ。今でも思うけど、あの時、好きだって答えてなかったら、俺たちは今ここで一緒に店なんてしてなかったんだろうなって思うとさ、先に俺に好きって言わせたんだから、それからは先はアイツに好きって言わせようと思って。ははっ、俺って、小せぇな」  健留は一人で笑い出して、運ばれてきた焼きそばをうまそうに食べた。 「ごめん、俺ばっかしゃべって。うまいだろ焼きそば」  有希也は笑顔で頷いた。 「あのさ、さっきのゴムだけど」 「買う?」 「違うって。ドラッグストアとかじゃなくても置いてるんだ」 「あぁ。気になるよな。俺さ、もっと気軽にって言っていいかなんだけど、ゴムを買えたらなと思ってるんだよ。高校生とかにね」  健留は一転して真面目な顔つきで話し始めた。 「俺、高校卒業して、バイト代貯めてしばらくアメリカに行ってたんだよ。母子家庭だったから大学に行く気も無かったし。で、向こうで古着屋でバイトしてて、日本に帰っても古着屋しようと思ってね。その時のバイト先で知り合った高校生から聞いたんだけどさ、日本じゃあまり聞かないけど、高校でゴムを配布してるらしいんだ。賛否はあるだろうけどさ。それで、さすがに無料で配るのはできないけど、気軽に日用品とかと一緒に買える店があればいいなと思ったわけよ。で、そこからアダルト玩具とか置いてない、やらしくない男性ショップを立ち上げようと思い、今に至るわけ。ブームになってるコスメとか雑貨とかと一緒に買いやすい様、一個単位で売り始めたんだ。女子がいない店内で普通に買い物をしてほしいんだよ。特に高校生とかにね。」  有希也は健留の熱量に圧倒された。 「さぁ、次は有希也君の番。巽さんとはどうなのよ」 「いや、俺の事よりさ。健留君の店への情熱が凄すぎて、圧倒されたよ。俺なんかただ会社で毎日愚痴言いながら働いてるだけでさ」 「褒めるね。俺に巽さんとの事を質問させないようにしてるな」  有希也は笑ってはぐらかした。 「有希也君だって、店に限らずしたいと思ったら何でもできるよ。要はするかしないかでしょ。あっ俺、今いい事言った?」 「はい。言いました。勉強させていただきました」  健留は時計を見て、そろそろ行こうかと言った。  有希也は財布を出すと、 「いいよ、ここは俺が出すよ。日焼け止めもいっぱい買ってくれたし、それに俺の話しもいっぱい聞いてくれたし。こういうパートナーの話しってさ、誰にでも出来るわけじゃないしね。また誘ってもいい?」 「もちろん。じゃあ今回はごちそうさま」 「次は有希也君と巽さんの事を話してよ。巽さんてさ、穏やかそうに見えてキスとかは激しかったりして」    健留のからかいに有希也の顔は真っ赤になっていた。 「そうか。巽さんのキスは激しいのか」  ケラケラ笑いながら健留は塩焼きそばを持って店に戻って行った。  有希也は思った。  巽から告白を受けて、3回キスをして、そして今、巽への気持ちは以前より強くなっている。  この先の事は経験はないが知識としてはある。  これまで巽はずっと男性と付き合っていたのだろうか。  巽のキスがだんだんと激しくなっていったように、キスの先もどんどんと求められるのか。  嫌ではない。  ただそうなった時の自分がどうなるのか想像できない。  巽の行為に感じて、喘ぎ声とか出すのだろうか。興奮して、勃つのだろうか。  (裸の巽さんと抱き合うって…)  有希也は信号が変わっていた事に気付いて慌てて横断歩道を渡った。

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