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第27話 好きの先
有希也は健留と食事をしたあの時から、ずっと巽との関係を考えていた。
モニターはもう終わりで、巽には必要のない者になったと涙を流した感情と、抱きしめられてディープキスを受け入れた時のあの感情。いずれも、『好き』が着地点になるのか。
好きだから悲しくて、好きだから嬉しいのか
有希也は男を好きになる事に正直戸惑っていた。
巽と会って話すだけで、心が浮き立つし、揶揄われるだけで真っ赤になる。
何か答えを求めているわけではない。
ただ、今は『好き』に迷い、『好き』のその先がまだ見えていないだけだと。
有希也は今巽に抱きしめられたら、やっぱり嬉しくてキスを請うかもしれないと思った。
その日のいつもの15時の休憩デートは健留の話しばかりになった。
健留の一生懸命さを熱心に話す有希也に、巽は不機嫌になりつつあった。
「最近、健留君と仲がいいんだな」
巽の笑いのない口調に、有希也は気付き
「仲がいいっていうほどでもないけど」
「ふうん。まぁ、友達が出来る事はいい事だよな。あくまでも友達が、ね」
「なんか、ごめん。巽さん」
有希也は謝るのが正しいのかがわからず、不安気に言った。
「何で、謝るんだよ」
不機嫌にさせるような言い方はしていないのに、有希也は今日の巽は狭量だと思った。
「まぁ、いいや。じゃあタバコ行ってくる」
巽はそのまま喫煙室に行った。
有希也は巽の素っ気ない態度に切なくなった。
そして有希也もオフィスへ戻った。
(好きってなんだろう…)
有希也が仕事を終えたのは19時を過ぎた頃だった。
休憩時間の巽とのやりとりは、有希也の心を沈めていた。
帰ってから電話をしようかと考えながらエレベーターを降りると、そこに巽がいた。
「あっ。巽さん…」
巽は何も言わず有希也の肩に手を回すと、ビルの外に連れて行った。
ビルの裏手の通用口近く、人通りが少ない場所に来ると巽は有希也を抱きしめた。
「ごめん。俺、嫉妬した。健留君に」
巽は抱きしめた手を緩める事なく続けた。
「有希也は俺に嫉妬させるつもりなんてないのはわかってたけど。最初健留君と会った時はあんなに顔を強張らせていたのに、今日はめちゃくちゃ笑顔で楽しそうに話して、一体何があったらそんなにも変われるんだと思ったら、あんな言い方になった」
その言葉を聞いて有希也の目には涙が溜まってきた。
巽は嫉妬と言った。有希也の巽への気持ちをわかって貰えていなかったことが悲しかった。
「健留君とは、何もないよ。日焼け止め買って、焼そば食べて、話しをしていただけだよ。ただそれだけだよ。何かあるわけないでしょ。なんでそんなこと。俺は巽さんだけなのに…」
「ごめん。ほんとにごめん。俺は有希也が好きだけど、有希也は本当は俺をどう思っているのか、俺の気持ちばっかりが先走ってて、有希也は無理してるんじゃないかって」
「無理してキスとか受け入れるわけないでしょ。俺の事なんだと思ったの、巽さん」
有希也は泣きながら怒った。
「ほんとにごめん」
巽はただ抱きしめて謝るだけだった。
しばらくして、涙が落ち着くと、有希也は巽の腕を解いて、巽の顔を見た。
眉間に皺を寄せてスマートで格好がいい巽はそこにはいなかった。ただ悲嘆に暮れて、恋人に怒られているカッコ悪い巽がいた。
「もう。バカ」
有希也は背伸びをして、巽にキスをした。
「ほんとに、ごめんな。有希也」
有希也は『好き』の先が少し見えた気がした。
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