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第29話 オリエンタルリリー
巽は、ユミママはいつこのカードキーを用意したのか、そして何故このタイミングで二人をホテルに誘なったのか、考えていた。
ママには自分が幸せそうに見えたのか。
ジュリアンでママがかけた言葉を思い出していた。
『洵ちゃん 幸せそう』
ホテルの3階の廊下を進むと、その部屋があった。
有希也は黙ったままだった。
巽はカードキーを差し込んでドアを開け、有希也の背中を押して部屋の中に入った。
ツインベッドが目の前にある。
部屋に入って動けないでいる有希也を抱き上げ、奥側のベッドに、そっと下ろした。
有希也はベッドの上でも動けずにいた。
「灯り暗くした方がいい?」
巽が聞くと、有希也は頷いた。
上着とネクタイを隣のベッドに置くと、ヘッドボードの灯りを絞った。
そして、巽は有希也に覆い被さると、暗がりの中、探し当てた唇を強く吸った。
目が慣れてくると、巽は有希也の衣服を脱がし始めた。シャツのボタンをゆっくり外し、ズボンのファスナーを下ろした。
最後にボクサーブリーフに手をかけると、有希也は初めてあっと小さい声を出した。
有希也の体は、巽の撫でる手や、這わせる舌に反応していた。
ようやく深いキスには少し慣れたのか、巽の舌を受け入れ、おずおずと絡ませていた。
最初はシーツを強く掴んでいた細い手は、やがて巽の逞しい背中にまわっていた。
それでもまだ、少し緊張している有希也に 巽は吐息とともに優しく好きだよと耳元で囁いた。
巽はある目的で有希也の左の乳首付近まで舌を這わせ、乳輪を舐めた。
有希也はビクッと体をのけ反らせる。
おそらく初めての感覚だったのだろう。
巽は両肩を掴んで、動かないように力を入れた。
唇で左の乳首をはさみ、かるく吸った。
そして乳首の少し上辺りを、今度は強く長く吸い続けた。
烙印を付けたかった。
左胸に歪なハート型。
巽はもう少しだけ、先に進むか迷った。
次はもうないかもしれないが、今日はここまでと決めた。
裸で触れ合えたこと、深いキスができたこと、烙印をつける事ができたこと。
初めてにしてはもう十分だろう。
股間のモノを脚を重ねるようにして隠そうとしている有希也に、これ以上自分の欲情を見せたくなかった。
巽は有希也にシャワーを促した。
有希也は意外ともとれる表情をして、身体を起こした。
巽がヘッドボードの灯りを点けると、部屋の中が電球色でほのかに明るくなった。
有希也の衣類は隣のベッドの上に置かれていた。
衣類を取るには、全裸のままで数歩動くことになる。
巽はわざと有希也の名前を呼んで、振り向かせようとした。
が、呼ばれた意図がわかっているのか、有希也はまったく振り向きもせず、かき集めた服を胸元で持ち、バスルームに入っていった。
巽は小さくて白い尻を見て、次の烙印は尻と決めた。
蒙古斑のように盛大に付けようかなどと考えると、気持ちが浮き立った。
明日も平日のため、即日のチェックアウトにした。
巽は有希也を先に部屋から出し、その後で、巽も部屋を出た。
チェックアウトは自動精算機で行うことができ、即日清算も問題はなかった。
外に出ると、遅い時間のせいか人通りも疎になっていた。
巽は初めて有希也の白いすべやかな肌を味わったのに、一人で歩いているのが残念だった。
もう少し一緒にいて、出来るならビルの陰でキスくらいして余韻に浸りたかったが、いっぱいいっぱいの気持ちの有希也の事を考えると、これでよかったとも思えた。
そして、左の乳首の上につけた印を思い返していた。
駅に着くとコンコースで終い準備をしている花屋が目についた。
銀色のバケツの中に、まだ固い蕾の百合の花が入っていた。
少し赤みを帯びたそれはオリエンタルリリーとバケツに記されていた。
巽は店員に声をかけた。
終い準備中で申し訳ないがと伝えると、笑顔で応対をしてくれた。
その百合、オリエンタルリリーがほしいと言うと、直ぐに包んでくれた。
巽は支払いは現金にした。
店員は、今は固い蕾ですが数日すると艶やかに美しく咲きますからと言った。
巽はそのいくつかある蕾の中で、ほんの少し先が開きかけているのを、優しく手のひらにのせてそっと包み込んだ。
そしてその蕾の先に口づけをしたい衝動に駆られたが、理性で押さえつけた。
巽の家に花瓶がないことに気付いたのは、家に着いてからだった。
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