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第31話 出張前の逢瀬

 有希也は巽が3日間出張に行くと聞いて、急に淋しい気持ちが広がった。  別にもう会えないわけではないのに、知らず知らずのうちに、明日は巽と会えるかなと思うようになっていた。 (少しの時間でも、やっぱり毎日会いたいな)    業務終了時間近くに、田口からまた日焼け止めを頼まれた。  有希也は巽との一件もあった手前、直ぐに健留の店に行くのもためらった。  かと言って、田口に店を教えて自分で買いに行かせるのも、健留の店への思いを聞かされた後では、躊躇する。  田口のことだから、数人連れて店内で騒がしくするのは目に見えている。『SATH』は女性禁止ではないが、男子の花園にしたいみたいだった。  巽の出張中に黙って店に行くのは、やましいことは無いにせよ心苦しい。  有希也は巽が出張前で忙しいのは承知の上で、SNSで事の次第を伝えた。  巽から折り返しの返信があった。  19時に仕事を終わらすから会おうと。  ホテルにまでは行かないにせよ、出張で会えなくなると言ってキスはしてくるんだろうなと、有希也の顔が少しにやけた。    仕事終わりの巽は、大きな鞄を持っていた。     明日の出張で必要な資料が入っているらしい。早朝の出発のため、自宅から直行すると言った。 「連絡ありがとう。もう嫉妬はしないよ。健留君に会ったら宜しく言っといて」  狭量の巽は寛容な男になっていた。 「で、その日焼け止めって、どのメーカーのなんだろう。えらく人気あるね」  有希也はカバンから自分の日焼け止めを出して、巽に渡した。  巽は自分の手の甲に少し出して塗ってみた。 「ふぅん。テクスチャーはいいね。さらっとしてるし、ベタつかないな」  誰に言うわけでもなく、巽は塗った手の甲の匂いも確認していた。  有希也は巽のその仕草がやっぱり好きだった。 (昨夜も、あのきれいな指先で…)  そう思った瞬間、頬がカァっと火照ってきたのを感じ、巽に背を向けた。 「どうした?」  急な有希也の態度に巽は聞いた。 「別に、なんでもない」  肩を掴んで振り向かせると、有希也の頬は赤くなっていた。 「どうした?なんで赤いの?ほっぺ」 「だから、なんでもないよ」 「あやしいな。俺なんかした?キスの想像もしてないよ」 「もう。なんでもないってば。早く何か食べに行こ」  巽は訝しみながらもニヤニヤ顔で、有希也の様子を楽しんでいた。  有希也から連絡があった時は一緒に健留の店へ行こうかとも思ったが、あのお調子者にまたなんだかんだと言われることを思うと、可愛い有希也との時間を邪魔されたくないと考え直した。  巽は頭の中で有希也とベタベタできる場所を探していた。   「今日、あの屋台出てるかな」  有希也が言った。 「行ってみる?」 「うん。美味しかったと思うんだけど、あの時はドキドキし過ぎて正直あんまり味、覚えてないんだ」 「有希也は本当にずるいなぁ。そうやって俺の心を弄ぶんだから」 「もう、意味わかんないよ。巽さんの言ってること」  有希也は困り顔だった。  巽は遠回りしようと言って、公園の方へ歩いた。  初めてキスしたベンチまで来た。 「座る?」 「いいよ。キスしたいんでしょ」 「そうだよ」  巽はそう言うと、ずっと会っていなかったかのように有希也を抱きしめて、強く唇を吸い続けた。  結局、その日は屋台は出ていなかった。  駅前の牛丼を食べて、別れる事になった。

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