36 / 52
第36話 陽彦の本音
翌朝。
結局、有希也はそのまま巽の家に泊まった。
有希也が目を覚ました時は、巽は既にベッドから出て着替えも済ましていた。
「おはよう、有希也」
巽の優しい笑顔を見ると急に恥ずかしくなった。
「おはよう…ございます」
巽はクスッと笑って、昨夜の脱ぎっぱなしの衣服をまとめて有希也に手渡した。
そして、キッチンでコーヒーを淹れる用意をした。
有希也が顔を洗っていると洗面所まで、コーヒーの芳香が漂ってきた。
(巽さんの家はいい香りでいっぱいだ)
巽はリビングに戻った有希也にコーヒーを入れたカップを手渡した。
「有希也、俺考えたんだけど。今日『SATH』の開店前にあの二人に会って話そうと思うんだ」
人伝てに話しても、解決どころかややこしくなるばかりかもしれないと、有希也も考えていた。
「うん。その方がいいね。それに朝の方が変に深刻にならないし」
巽は健留にSNSでその旨を伝えた。
しばらくすると了解の返信がきた。
健留の店があるビルの社員通用口の前で健留が待っていた。
「おはよう」
「健留君おはよう」
「おはよっす。なんかすいません」
健留はそう言うと、番号キーのボタンを押して扉を開けた。
開店前のビルの中は、台車の音や人声がチラホラ聞こえていた。
階段で2階に上がると、まだネオン管の看板は点灯していなかった。
「ハル こっち来て」
と健留が呼んだ。
「ハル君、おはよう」
巽が声を掛けると、陽彦も挨拶をしようと巽の方に顔を向けた。そして後に立っている有希也を見て、目を見張った。
「ハル君、おはよう。早くにごめんね」
巽は有希也に、あとは自分が話すからと目で合図をした。
「ハル君、ちゃんと紹介が出来ていなかったけど、俺の恋人の有希也」
巽は陽彦が何か言うか待ったが、黙ったままであったので、話しを続けた。
「昨日、言えなくて悪かったね。あの時に言うと、余計に話がややこしくなりそうだったから、控えたんだ」
陽彦はどちらに向いていいのか、誰を見ていいのかわからない様子で、傍にあった丸椅子に座って、俯いた。
巽は陽彦と健留を見ながら言った。
「二人の事は二人で話し合えばいいと思っている。だけど、昨日ハル君が言ってた、見かける度に有希也が幸せそうで、艶っぽくて色っぽくなってるって話し、あれは、俺の影響だからねハル君。健留君は1000%関係ないんだよ」
最後は言い聞かせるように、優しい口調で陽彦に話した。
そして健留には、少し凄味を加えて言った。
「俺達は愛し合っているんだから、健留君、有希也には絶対手を出すなよ」
仕事で見せるより何倍も迫力ある大人の男の巽に、健留は少し尻込んだ。
「巽さん、俺、有希也君にそんな感情、これっぽっちもないですよ。なぁ有希也君もそうだよな」
有希也は黙って頷いた。
「ハル、お前なんなんだよ、何勘違いしてるんだよ」
呆れた顔で健留は言った。
すると陽彦は声を上げて泣き出した。
「いいよ。もう。俺が勘違いしてただけで、皆んなに嫌な思いさせたんでしょ。悪かったです。ごめんなさい。でも、もう健留といるのしんどいよ。いつもいつも俺のことバカにして。もう俺25歳だよ。いつまでも高校の後輩じゃないよ。俺のこと恋人なんて紹介するくらいなら、もっとパートナーとして俺のことをちゃんと見てよ。健留はなんもわかってくれてないよ」
そこまで言うと、陽彦は鼻をすすった。
「ハル、ごめん」
健留は陽彦の今まで我慢してきた思いの噴出にたじろいだ。
「もういいよ。今日は午前中休ませて」
と言って陽彦は店を出ようとした。
待てよ、と健留は陽彦の腕を掴み椅子に座らせた。
その様子を見て、有希也はあの時の自分と同じだと思った。勝手な思い込みで勝手に思いを募らせて、それが間違いであったと知らしめられたあの瞬間。胸が痛くなった。
健留は陽彦の前に跪いた。
「ハルほんとにごめん。お前がそんな風に思っていたなんて思いもしなかった。気付けなくてごめん。辛い思いをさせてごめん。本当にごめん。誓って言う。有希也君にはハルが思っているような感情は一切ない。ただ正直言うと、お互い男のパートナーがいる者同士、他の奴らには言いにくい事とかを話せるヤツができたと思って、単純にただ嬉しかった。それだけなんだよ。それに俺はハルの事バカになんてしていない。むしろ頼りにしてる。なぁ、俺はお前がいないと、だめなんだよ。ハルは俺と別れて平気なのか?いや、もう別れたいなんて絶対言わせないようにする。なぁ頼むから、別れるなんて言わないでくれよ、ハル」
「…これが最後だよ」
陽彦は手の甲で涙を拭って言った。
健留は、巽と有希也が傍に居るのにも構わず、陽彦を抱きしめ感情のままにキスをした。
店の外は、BGMの音量が上がり開店前を告げていた。
巽と有希也は店を後にした。
ともだちにシェアしよう!