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第36話 陽彦の本音

 翌朝。  結局、有希也はそのまま巽の家に泊まった。    有希也が目を覚ました時は、巽は既にベッドから出て着替えも済ましていた。 「おはよう、有希也」  巽の優しい笑顔を見ると急に恥ずかしくなった。 「おはよう…ございます」  巽はクスッと笑って、昨夜の脱ぎっぱなしの衣服をまとめて有希也に手渡した。  そして、キッチンでコーヒーを淹れる用意をした。  有希也が顔を洗っていると洗面所まで、コーヒーの芳香が漂ってきた。 (巽さんの家はいい香りでいっぱいだ)  巽はリビングに戻った有希也にコーヒーを入れたカップを手渡した。 「有希也、俺考えたんだけど。今日『SATH』の開店前にあの二人に会って話そうと思うんだ」    人伝てに話しても、解決どころかややこしくなるばかりかもしれないと、有希也も考えていた。 「うん。その方がいいね。それに朝の方が変に深刻にならないし」  巽は健留にSNSでその旨を伝えた。  しばらくすると了解の返信がきた。  健留の店があるビルの社員通用口の前で健留が待っていた。 「おはよう」 「健留君おはよう」 「おはよっす。なんかすいません」  健留はそう言うと、番号キーのボタンを押して扉を開けた。  開店前のビルの中は、台車の音や人声がチラホラ聞こえていた。    階段で2階に上がると、まだネオン管の看板は点灯していなかった。 「ハル こっち来て」  と健留が呼んだ。 「ハル君、おはよう」  巽が声を掛けると、陽彦も挨拶をしようと巽の方に顔を向けた。そして後に立っている有希也を見て、目を見張った。 「ハル君、おはよう。早くにごめんね」  巽は有希也に、あとは自分が話すからと目で合図をした。 「ハル君、ちゃんと紹介が出来ていなかったけど、俺の恋人の有希也」  巽は陽彦が何か言うか待ったが、黙ったままであったので、話しを続けた。 「昨日、言えなくて悪かったね。あの時に言うと、余計に話がややこしくなりそうだったから、控えたんだ」  陽彦はどちらに向いていいのか、誰を見ていいのかわからない様子で、傍にあった丸椅子に座って、俯いた。  巽は陽彦と健留を見ながら言った。 「二人の事は二人で話し合えばいいと思っている。だけど、昨日ハル君が言ってた、見かける度に有希也が幸せそうで、艶っぽくて色っぽくなってるって話し、あれは、俺の影響だからねハル君。健留君は1000%関係ないんだよ」  最後は言い聞かせるように、優しい口調で陽彦に話した。  そして健留には、少し凄味を加えて言った。 「俺達は愛し合っているんだから、健留君、有希也には絶対手を出すなよ」  仕事で見せるより何倍も迫力ある大人の男の巽に、健留は少し尻込んだ。 「巽さん、俺、有希也君にそんな感情、これっぽっちもないですよ。なぁ有希也君もそうだよな」  有希也は黙って頷いた。 「ハル、お前なんなんだよ、何勘違いしてるんだよ」  呆れた顔で健留は言った。  すると陽彦は声を上げて泣き出した。 「いいよ。もう。俺が勘違いしてただけで、皆んなに嫌な思いさせたんでしょ。悪かったです。ごめんなさい。でも、もう健留といるのしんどいよ。いつもいつも俺のことバカにして。もう俺25歳だよ。いつまでも高校の後輩じゃないよ。俺のこと恋人なんて紹介するくらいなら、もっとパートナーとして俺のことをちゃんと見てよ。健留はなんもわかってくれてないよ」  そこまで言うと、陽彦は鼻をすすった。 「ハル、ごめん」  健留は陽彦の今まで我慢してきた思いの噴出にたじろいだ。 「もういいよ。今日は午前中休ませて」  と言って陽彦は店を出ようとした。  待てよ、と健留は陽彦の腕を掴み椅子に座らせた。  その様子を見て、有希也はあの時の自分と同じだと思った。勝手な思い込みで勝手に思いを募らせて、それが間違いであったと知らしめられたあの瞬間。胸が痛くなった。  健留は陽彦の前に跪いた。 「ハルほんとにごめん。お前がそんな風に思っていたなんて思いもしなかった。気付けなくてごめん。辛い思いをさせてごめん。本当にごめん。誓って言う。有希也君にはハルが思っているような感情は一切ない。ただ正直言うと、お互い男のパートナーがいる者同士、他の奴らには言いにくい事とかを話せるヤツができたと思って、単純にただ嬉しかった。それだけなんだよ。それに俺はハルの事バカになんてしていない。むしろ頼りにしてる。なぁ、俺はお前がいないと、だめなんだよ。ハルは俺と別れて平気なのか?いや、もう別れたいなんて絶対言わせないようにする。なぁ頼むから、別れるなんて言わないでくれよ、ハル」 「…これが最後だよ」  陽彦は手の甲で涙を拭って言った。  健留は、巽と有希也が傍に居るのにも構わず、陽彦を抱きしめ感情のままにキスをした。  店の外は、BGMの音量が上がり開店前を告げていた。    巽と有希也は店を後にした。

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