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第37話 やり過ぎの巽
有希也は俯き加減で巽の後ろを歩いていた。
かつての自分と重なった陽彦の号泣している顔が頭から離れなかった。
ほんの少しの行為にほだされ、自分勝手に思い込み、そして打ち砕かれた辛く苦しかったあの時。
今はあの時からは想像もできないくらい幸せだった。
健留に言った、俺たちは愛し合ってるという言葉、その時は巽の迫力に押され有希也の心にに留まることなく流されていったが、今改めて思い返すと、二人の関係を愛という言葉で表したのは初めてだった。
有希也は、自分にも要因はあるにせよ、陽彦と健留がお互いを信じて幸せな再スタートを切って欲しいと思った。
有希也の様子を心配して、巽が声をかけた。
「どうした?浮かない顔して。もう後は二人の問題だし、そんなに有希也が気にやむことはないよ」
「そうだけど、俺もちょっと迂闊だったと思って。今考えると最初店に行った時から、ハル君の態度はなんかよそよそしかったんだけど、そういう性格の人と思ってた。健留君は初めて会った時、嫌味なヤツと思ったけど、でも後からその事も謝ってくれたし、なんか強引なとこあるけど本当は面白くて、ハル君想いの優しいヤツってわかって。それに男同士だし、何も気にせず、ただ冗談言ってしゃべってただけなんだけど」
有希也の話しを遮るように巽が言った。
「有希也…。有希也と俺も男同士だよ」
有希也はハッとして、何も言えなかった。
巽への感情は恋愛に違いないのに、恋愛感情は男女間にだけあるものと、どこか矛盾した考えを持っていた事に気付かされた。
「やっぱり男同士って、抵抗ある?」
「ごめん。そうじゃない。巽さんを最初に見た時から、男とかそういう、なんていうのかな、性別は気にならなかったっていうか、性別を超えた概念っていうか、男とか女とかじゃなく、巽さんが素敵だから、好きになったんだよ」
「有希也、そんな事ここで言うなよ。俺の理性は限界だ」
巽はキスこそしなかったが、その場で有希也を抱きしめた。
周りの通行人は見て見ぬ振りで通り過ぎて行く。
抱擁は時間にして十秒足らずであったが、有希也にとっては濃密で幸せな時間だった。
(俺は巽さんが好き…)
「有希也。これからどうする?」
祝日の大通りは、人や車でいっぱいだった。昼食には時間が少し早い。
「俺、さっき思い出したんだけど、巽さんに借りたハンカチまだ返してなかった」
「あぁ、そう言えばそんな事あったな。別に返してくれなくても、有希也が使ってくれればいいよ」
「じゃあ、新しくハンカチとかタオルとか何かプレゼントしよかな。いつも食事とか出してもらって申し訳ないし、今から買い物しに行こうよ」
有希也は屈託のない笑顔で巽を見た。
「有希也は可愛い過ぎだ」
巽は今日の言葉もそうだが、あの時の涙も、有希也にやられっぱなしだと痛感した。
結局、有希也はハンカチではなくネクタイをプレゼントした。
このネクタイを緩める巽を見てみたいと思った。
そして、巽にはネクタイを贈った理由は内緒にした。
昼食は以前一緒に行った、京都弁の女将がいる天麩羅屋に決めた。
ランチ営業をしていて定食が食べられる。
「おこしやす」
女将の京都弁が聞こえた。
二人を見るなり
「いやぁ。また来てくれはって、おおきに。なんば、今日もおいてますさかい」
客商売とは言え、有希也がとうもろこしを本当に美味しそうに食べたのが印象的だったのか、女将は営業スマイル以上の顔で出迎えた。
二人はとうもろこしの天麩羅がついている定食を注文した。
有希也はしみじみと、巽と一緒にいると楽しくて、嬉しい感情でいっぱいになると思った。
運ばれてきた食事を食べていると、唐突に有希也に疑問が湧いてきた。
巽はこんなにも格好がよくて優しくて仕事もできて、誰かに好意を寄せられる事はないのだろうか。
もし、自分以外の誰かと巽が親しくしていたら、陽彦のように嫉妬するのだろうか。
そもそも、どうして自分を好きになってくれたのか。
有希也の頭の中は疑問符でいっぱいになった。
「ねぇ…。」
うん?と巽は有希也を見た。
「あのさ、その、巽さんは俺のその…」
「どこが好きかって聞きたいの?」
有希也は耳たぶまで赤くなってるのが、自分でもはっきりとわかった。
「そういうところだよ」
巽は有希也に向かってウインクをした。
有希也は、昨日健留から相談された時に、自分が言った、『そういうところ』と同じだと思った。
巽の大人の対応を妬んで有希也にいいよなと言った健留と、どこが好かれているのか本当にわからない有希也。
『そういうところ』と言われてもわかない事はわからない。
(健留も同じだったんだ)
落ち着いたら、巽と一緒に健留に話しに行こうと思った。
しばらくの間は『SATH』へは、有希也一人で行かないようにしようと巽と決めていた。
黙っている有希也に、巽は声を小さくしてニヤニヤ顔で言った。
「俺が有希也を好きになったのは、まずは見た目。俺好み。どストライク。キスしてる時の顔はマジでヤバい。で、俺といるといつも楽しそうだし。一生懸命になってすぐ赤くなったり、泣いたり。マジで可愛いすぎるよ」
「巽さん、待って。ありがとう。もう十分です」
自分から言い出したのに、有希也は堪らず巽を止めた。
「まだ、半分も言えてないけど?そうやって、すぐに赤くなって。有希也は俺が守ってやりたくなるんだよ」
有希也は今日の巽はやり過ぎだと思った。
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