健留から巽に連絡があった。 　健留の心がわりの勘違いの一件以来、健留も考えを変えて陽彦と向き合った事で、陽彦の経営センスが開花し、今や陽彦なしでは店の展望は語れなくなっていた。 　陽彦が有希也に謝りたいらしい。 　近いうちに時間を作ってほしいと言われたが、『SATH』は年中無休で毎日21時まで営業している。二人揃って会うとなればそれ以降の時間になる。 「俺は今のところ、出張もないから大丈夫だけど、少し遅い時間になるだろうし、有希也に予定を聞いておくよ」 （実は、この間からスポットでバイトを入れてるんすよ。で、そのバイト君に2時間ほど店番頼めるんで、6時過ぎから時間どうですか？） 　恐らくバイトを入れようと提案したのも陽彦だろうと巽は思った。 「そうなんだ。ちゃんと考えてるんだね。感心したよ」 （で、場所はどこにしようか、まだ決めてないんですけどね。そばで聞き耳立てられるのもいやなんで…） 　巽は、それならいい店があるから任せてほしいと言い、おおよその日程を決めた。 　健留から店の事を言われた時、ジュリアンがすぐに頭に浮かんだ。 　ジュリアンの開店時間は7時だが、長年の好みで、前倒しで1時間貸し切りをさせてもらえれば、周りを気にせずに話す事ができる。 　巽は明日早速ジュリアンに行く事にした。 　ユミママに話したい事もあった。 　ジュリアン開店直後の7時。 「いらっしゃいませぇ」 　扉を開けると、いつものママの野太い声が聞こえた。 　店内はまだ客は誰もいなかった。 「あら。洵ちゃんお一人？ユキちゃんは？」 　察しのいいママはそれ以上は何も言わなかった。 「ママ、心配しないで。有希也とは仲良くやってるよ」 「ああん、もう心配しちゃったわよ」 　赤いシースルーの羽織物の袖をヒラヒラさせながら言った。 「今日はね、お願いがあってきたんだよ」 　巽は健留や陽彦とのこれまでの一件をかいつまんで話した。 「で、周りを気にせずゆっくり話せる場所っていうと、俺にはジュリアンしか思いつかなくてね」 「洵ちゃん、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。ありがとね。ここをそんな風に思ってくれているなんて。1時間前くらいならニコちゃんも出てくれているから、大丈夫よ」 「ママありがとう。助かったよ。ニコさんもすいません、勝手言って」 「どういたしまして。今日もいつものハイボールにしますか？」 　ニコもいつもの穏やかスマイルで言った。 「でも、貸し切りだからって、乱行パーティみたいなのはダメよ」 　巽はハイボールを噴き出しそうになった。 「でも、ユキちゃんと幸せそうで、アタシも嬉しいのよ、洵ちゃん」 　ユミママは優しい言葉をかけた。 「ありがとう。あの時はママの言葉が支えになったよ」 「洵ちゃんは優しいから。その優しさが不安にさせる事もあるのよ。たまにはエゴ丸出しでぶつかるのも悪いことじゃないのよ。ユキちゃんは大丈夫よ。洵ちゃん、もう誰も傷付かないわよ」 「有希也は俺を受け入れてくれると思うよ。でも、有希也に俺自身を重ねてしまうんだよ。多分まだ」 「でも、洵ちゃんは、洵ちゃんだし、ユキちゃんも、洵ちゃんを愛してるユキちゃんよ」 「そうだね。ありがとうママ、話せてよかった」 　巽はハイボールをおかわりした。