43 / 52
第43話 4人で初顔合わせ
巽がジュリアンに行った翌週の月曜日に四人で会うことになった。
有希也は陽彦が謝りたいという事を聞いて、謝られるより、むしろ勘違いをさせてしまった自分が謝らないと、と巽に話した。
それぞれが、それぞれを知っているが、一堂に会する事は今までなかった為、待ち合わせ場所で皆んなが揃うと、ぎこちない言葉掛けから始まった。
「巽さん、こっちから誘っておきながらお店の手配をしてもらって本当に助かりました」
「いいよ。そんなに気を遣わなくも。じゃあ行こうか。店は少し行ったところなんだ」
大通りから外れた雑居ビルの階段を上がって、巽と有希也にとっては慣れ親しんでいる、ジュリアンと金属の切り文字のある扉を開けると、いつもの野太いママの声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませぇ」
ロイヤルブルーのチャイナドレス姿のママが出迎えた。
「ママって、衣装持ちだね」
有希也は巽に耳打ちした。
「プロだからね」
巽も有希也に顔を近づけて言った。
「もう、なになに?早速仲良しを見せつけてるのユキちゃんったら」
有希也は笑って肩をすくめた。
「ママ、今日は無理言って悪かったね。紹介するね。こっちが安西健留君で、その隣が周防陽彦君。二人で駅近くの最近リニューアルしたビルでメンズショップを経営してるんだ」
「初めまして、ようこそジュリアンへ。ママのユミです。さぁ向こうのソファへどうぞ。ゆっくりしていってね。えっと、たけちゃんとはー君でいいかしら」
四人はそれぞれのペア同士ソファに座った。
有希也はママがカウンターのニコに何か話しているのを見て、ウェルカムドリンクの事だと思った。ジュリアンが初めての二人にはどんなドリンクが出てくるのか楽しみだった。
(ハル君も苺ミルクだったりして)
ニコ特製ドリンクは今日はママが運んできた。
「お待たせです。まずはニコちゃん特製のウェルカムドリンクよ」
ニコはカウンターの向こう側で会釈した。
「たけちゃんにはこちら、レッドアイね。血気盛んみたいだからこれにしたのよ。で、はー君にはこちらギムレット」
健留に出されたのはタンブラーに入った、ビールにトマトジュースを加えたカクテルだった。陽彦にはジンとライムジュースをシェイクして細い脚のグラスに入れられた淡い緑のカクテルが出された。
そして巽と有希也にはいつものハイボール。
巽が、それじゃあ、と言うと、四人で乾杯と声を合わせた。
そのウェルカムドリンクはね、と有希也が話し始めた。
「ママがその人をイメージしたお酒なんだって。俺に出してくれたのは苺ミルクだったんだよ。一応お酒は入ってたけど」
有希也は陽彦の洒落たカクテルを見て不満そうに言うと、ママがすかさず言った。
「もう、何も知らない生娘ユキちゃんは苺ミルクが合ってたのよ。でもちょっと最近は来てくれる度に綺麗で色っぽくなっちゃって。洵ちゃんに良からぬ物でも飲まされてんじゃないの?」
有希也はママの言葉に久々に赤くなってしまった。
「もう、ユキちゃんったら、明太子になって可愛いんだから。洵ちゃんもいい事してもらってんのねぇ」
「えっ?…えぇ。そういう意味?」
健留と陽彦も顔を見合わせニヤけた。
「有希也、このタイミングで赤くなるのは止めた方がいいかな」
「だって…もうママは直ぐからかうんだから」
有希也は手をパタパタして火照った顔を扇ぎ始めた。巽は笑って有希也の頭に手をやり自分に引き寄せると、髪にキスをした。
「健留の言った通りだ。俺達が知ってる巽さんじゃないね」
「な?言った通りだろ?」
あの、と二人のいちゃつきを邪魔するのをためらいながら、陽彦が言った。
「有希也…君って言っていいかな、年上だけど」
有希也は首を縦に二回振った。
「有希也君、店に来てくれた時、いつも嫌な態度をとってごめんなさい。ちゃんと謝りたくて。俺もどう接したらいいかわからなかったんだ。あの時は健留のいい人と思ってたから。それと、巽さんにもごめんなさい。自分の恋人が健留の事を好きみたいだなんて聞かされたら、腹立たしかったでしょ?」
「もう、いいよ。有希也も俺も気にしてないよ」
有希也はまた首を縦にを振った。
「ありがとう。でね、有希也君一つ聞いていい?前に店で俺が泣いて、健留が必死に俺に話してた時、有希也君すごく辛そうな顔をしてたでしょ?どうしてあんな顔したの?巽さんがいる前で悪いんだけど、あの時本当はまだ健留の事が…」
巽は、陽彦が有希也に謝りたいという気持ちがあるのは事実だろうが、本当は有希也の健留への思いをきちんと聞いておきたかったのだと確信した。
「あぁ、あの時ね。俺も同じような経験したから思い出して、辛くなったんだよ」
陽彦が心配するような健留への気持ちは何もなく健留はただの友達だと、ここで言う事で巽にまた嫉妬した時の事を思い出して欲しくなかった。
有希也は陽彦の不安を直接言葉で解消する事はしなかった。
有希也は自分の勘違いだったと思い知らされた健留の戯れた行為を、巽相手にやってみせた。
「健留は俺ばかりか有希也君も泣かせてたんだ」
陽彦は健留を睨んだ。
「待って。それは巽さんに香りの確認で手首を顔に近づけただけで、その場に有希也君がいたなんて知らなかったし。ねぇ巽さん」
巽に救いを求めた。
「その時は有希也がいたのは分からなかったな」
「だからもうハルの事絶対に悲しませないって海に行って誓っただろ?俺を信じろ」
「二人で海に行ったの?」
海と聞いて有希也の目が輝いた。
「店が終わってから、夜中に車とばして、少し仮眠して、水平線から朝陽が昇るのを見ながら誓ってチュウしてすぐに帰りました」
「すごい行動力だね」
「なんか、いつもの見慣れた場所で言葉だけ誓うより、場所とか音とかもひっくるめて覚えていられるようにと思って海に行ったんだ。朝日や波の音、潮の香り、全部ハルへの誓いと一緒に俺の中に残ってる」
健留の極めて真面目な話しを聞きながら、巽は横を向いて咳払いをした。
有希也には巽が笑いを堪えているとすぐに分かった。恐らくプランクトンの死骸の話しを思い出しているのだと思った。
有希也は二人に見えないように巽を突いた。
「健留君、優しいね。そういえば焼きそばを食べた時もハル君が塩焼きそばが好きだからって買ってたもんね」
「あぁ。そうそう、思い出した。でその焼きそばどうしたと思う?『後で食べる』とか言って結局食べなくてさ、俺が食べたんだよ」
「もう、それはごめんって言ったでしょう」
すると、お話中ごめんなさいとママが焼うどんを人数分運んでくれた。
「ニコちゃん特製よ。お熱いうちにどうぞ」
健留が一番最初に美味しいと声を上げた。
「海っていうと、俺達も付き合う前だったよな?一緒に行ったな。有希也がダイビングをしてた話しを聞いて、久しぶりに行こうかってなって」
「えっ?有希也君ダイビングしてたの?」
「イメージないわぁ…言って悪いけど」
「いいよ。そう言われるの慣れてるからさ。最近は潜ってないけど、始めたのはもう10年近く前になるかな」
「へぇ。すごいね。ライセンスも取って、ナイトとかもやってたの?」
「海のコンディションがいい時はナイトも潜ったよ。ハル君もやってた?」
「一度だけね。体験で」
「じゃあ、チャンスがあれば一緒に行こうよ」
「巽さんのお許しがあればね」
と言ってハルが笑った。
「巽さんが海に行ったのは、ひょっとして『夏の海』で?」
「それもあったけど、単純に有希也とデートしたかったんだよ」
巽は照れもせずに言った。
「そうそう『夏の海』で思い出したけど、宮さん今年度限りで退職する予定なんだよ」
「えぇ、そうなんだ。宮さん辞めてどうするんだろ」
「まぁ、うちの会社で定年までこき使われて、その後またどこかの企業での再雇用はあの性格じゃあ難しいだろうし、この間、町おこしで香りのイベントを開催した所が、宮さんの事をえらく支持してね、開催期間中ずっと先生、先生って呼んで、色々宮さんから教わってたよ」
健留は物好きな町だなと軽口を叩いた。
「宮さんは腕はいいから、請い求められるうちに次を考えるのは賢明だと思うよ」
「うちの店も、うかうかしてられないな」
健留がそう言って時計を見た。
時刻は8時になろうとしていた。
「巽さん、有希也君、俺達そろそろ店に戻ります」
「じゃあ、俺達も一緒に出ようか」
会計をしようとした健留に、もう済ませてるよと巽が言った。
「すいません。全部お世話になってしまって」
「いいよ。これくらい。じゃあママありがとう。また来るよ」
カウンターで他の客の相手をしていたママは名残惜しそうに送りにきた。
「ウチは遅くまでやってるから、店が終わったら来てちょうだいね。あなた達は熟年夫婦みたいだから、たまには二人で飲みにきて。待ってるから」
健留と陽彦は顔を見合わせ、当たってると陽彦がボソッと言った。
健留と陽彦と別れると、巽は有希也の肩に手を回して歩いた。
「有希也、今度二人で旅行しようか。海沿いのどこか。ねえどう?」
「ほんと?嬉しい」
無邪気に喜ぶ有希也を見て、巽も嬉しくなった。
巽は人目を気にしながら有希也に軽めのキスをした。
ともだちにシェアしよう!