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第51話 満たされた心
有希也は動けずにいた。
セックスで巽を感じるのはまだ時間がかかりそうだと朧げに思った。
巽は有希也の頬を撫でると、何も言わずにベッドから離れた。
しばらくして戻ってくると有希也をそっと抱き上げて、バスルームへ行った。
バスタブには湯が溜まっていた。
有希也を抱き抱えたまま、ゆっくりと体を浸した。
湯はほのかに温かかった。
「辛かっただろう。」
有希也は声は出さずに、頭を横に振り、巽の胸に頬をつけた。
巽は有希也の額にそっと口づけをして、抱きしめた。
「有希也、愛してる。」
有希也は顔をあげた。
優しくて切なくて少し苦しげに自分を凝視める巽を見た。
「うん。…うん」
有希也の目には溢れ出てしまいそうな涙が溜まっていた。
二人は互いの愛を確認し合うように唇を貪った。
痛みと気怠さを感じながら、有希也はキッチンカウンターのハイスツールにやや前屈みで腰を浮かせながら座っていた。
その対面で巽がコーヒーを淹れていた。
コーヒーの雫がサーバーに落ちるのを見ながら、巽は極めて真面目な口調で言った。
「あのさ、有希也用に真ん中が空いてる円形のクッション買おうか。」
巽の突拍子もない提案に思わずのけ反り、その瞬間顔をしかめた。
「俺、痔じゃないし」
やや不貞腐れた顔で有希也はそっぽを向いた。
「いや、そのさ、痔というか、出産後の女の人も使ってるらしいんだ。」
「赤ちゃんを産んだあとに?」
巽は話しが思わぬ方向へいったことに笑い出しそうになりながら
「そう、俺たちにも愛が生まれただろ?」
「お尻から?」
「そう、お尻から。」
二人は顔を見合わせ噴き出して、大笑いした。
ひとしきり笑ったあと、巽は有希也へのありったけの愛情をこめて言った。
「有希也、愛してる。ずっと一緒にいたい。俺達がこの先も安心して暮らせる街に行って、そこで二人で暮らさないか?」
巽の静かな息遣いと有希也の高まる心音以外の音が消えた。
有希也はゆっくりと立ち上がり、そして巽に抱きついた。
絶対に離れないと抱きついたその腕に、強く強く力を込めた。
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