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第4話 約束④
二人が出会ってから半年が経った頃、理央にある変化が起きた。
それはちょうど二人が、最高学年になったばかりの春の日。
咲人がいつものように公園へ行くと、そこに理央の姿はなかった。
しばらく待ってみようかとも思ったが、ふと思い立って、始めて出会ったあの土管の中を覗き込んだ。
案の定そこに、理央はいた。
「……理央?こんなとこでどうし──」
こちらに振り向いた理央の頬は赤く腫れ、痛々しい痣が広がっていた。
今まで、理央が見える場所に傷を作ってきたことなんて、無かったのに。
「理央……冷やそう、はやく家に……」
咲人が手を差し出すも、その腕を逆に理央の方へと引っ張られた。ぐいぐいと腕を引かれ、いつもとは違うその力強さに驚く咲人。
「……咲人の血が欲しい」
こちらを見つめる理央の瞳は暗く、明らかに様子がおかしい。
理央と仲良くなってから外で血を求められたことなんて、一度もないのだ。
「でも理央……すぐに冷やさないと」
そう言うも、理央は黙って咲人のことを見つめてくるだけ。それはまるで、咲人が拒否することを許さないとでも言うように。
咲人はもう諦めるしか無かった。仕方なくいつものように、首筋を理央の前に晒す。
すると理央は、勢いよくそこへ噛みついてきた。
「いっ…………!」
驚いた咲人の体が無意識に理央から離れようとしてしまい、それを拒むように強く肩を掴まれた。いつもよりも強く噛みつかれた後、じゅるじゅると音を立てながら容赦無く血が吸われていく。
「うっ……んんっ………ぁ……っ」
咲人は小さく声を漏らしながら、理央から与えられる痛みを必死に耐えた。
──きっと……きっと理央の方が、痛いんだ。
咲人は目の前で痛みに耐えている理央を、抱き締める。
そうやって、二人の吸血行為はいつの間にか、理央の痛みを共有するような行為へと変わっていった。
放課後。いつものように咲人の部屋で勉強をしていたところ、突然理央が立ち上がった。
反対側に座っている自分のところへ来た理央が、首元に顔をうずめてくる。
血が、飲みたいのだろう。
咲人はベッドの上に移動し、寝転んだ。すぐに理央もそこへやって来て、咲人の体の上に乗っかった。
理央が首元から血を吸わないことを、咲人はもう知っている。
理央にシャツを捲り上げられて、咲人のまっさらなお腹が晒された。
「今日は……そこがいいの?」
「……だめ?」
理央にそう聞かれて、だめと答えるわけが無い。
咲人は自ら理央の頭を引き寄せて、行為の続きを促す。理央の開いた口の隙間から、普段は隠れている小さな牙がちらりと見えた
「っ…………!」
痛みに声を上げそうになって、必死に耐える。
──我慢しなきゃ、だめだ。理央の気持ちを、知りたいから……っ
脇腹を食 まれ、そこから溢れ出した血液を啜 られる。最後に傷口をいたわるように舐められて、理央は離れていった。
「も……いいのか……?」
「うん……」
理央が拭った口元には、赤い血の痕がついていた。それを見て、咲人は理央と出会った日のことを思い出す。
自分は少しでも、理央を救えているのだろうか。
理央に起こしてもらい、絆創膏を手に取る。お腹の周辺には、理央に血を吸われた痕と歯形が残されていた。
乱れた服を正して、咲人は何事もなかったかのように定位置に戻った。
「……あ。そうだ、理央に渡したいものがあったんだ!」
咲人は立ち上がって、理央のために用意していたものを取りに行く。
「これ、この間の修学旅行のお土産。開けてみて」
そう言って、ツギハギになっている小さな箱を理央に渡した。この箱は、咲人が頑張って自分で作ったものだ。箱を受け取った理央がゆっくりとそのふたを開けると、中に入ってる物がきらりと光った。
「これ……キーホルダー?」
「うん。お店の中で、これが一番綺麗だったから。俺とお揃いだよ」
そう言って、自分の机に置いていた理央とお揃いのキーホルダーを見せた。
星形の小さなそれはキラキラと輝く樹脂 でできていて、貝殻や海の砂が一緒に固められている。
すると理央は、そのキーホルダーを手に持ったまま俯 いてしまった。
「理央?……違うのが良かった?」
咲人が覗き込んでそう聞くと、理央は首を振って否定した。
「……これがいい。すごく、嬉しい。咲人……ありがとう」
その後も理央は、勉強の合間に何度もその箱を開けて、中身を眺めていた。
咲人自作の不恰好な箱まで、大切そうに扱っている。
──理央……少しは元気になっただろうか。
咲人は幼いながらも、理央のために出来ることを必死に探していた。
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