4 / 50

第4話 約束④

 二人が出会ってから半年が経った頃、理央にある変化が起きた。  それはちょうど二人が、最高学年になったばかりの春の日。  咲人がいつものように公園へ行くと、そこに理央の姿はなかった。  しばらく待ってみようかとも思ったが、ふと思い立って、始めて出会ったあの土管の中を覗き込んだ。  案の定そこに、理央はいた。 「……理央?こんなとこでどうし──」  こちらに振り向いた理央の頬は赤く腫れ、痛々しい痣が広がっていた。  今まで、理央が見える場所に傷を作ってきたことなんて、無かったのに。 「理央……冷やそう、はやく家に……」  咲人が手を差し出すも、その腕を逆に理央の方へと引っ張られた。ぐいぐいと腕を引かれ、いつもとは違うその力強さに驚く咲人。 「……咲人の血が欲しい」  こちらを見つめる理央の瞳は暗く、明らかに様子がおかしい。  理央と仲良くなってから外で血を求められたことなんて、一度もないのだ。 「でも理央……すぐに冷やさないと」  そう言うも、理央は黙って咲人のことを見つめてくるだけ。それはまるで、咲人が拒否することを許さないとでも言うように。  咲人はもう諦めるしか無かった。仕方なくいつものように、首筋を理央の前に晒す。  すると理央は、勢いよくそこへ噛みついてきた。 「いっ…………!」  驚いた咲人の体が無意識に理央から離れようとしてしまい、それを拒むように強く肩を掴まれた。いつもよりも強く噛みつかれた後、じゅるじゅると音を立てながら容赦無く血が吸われていく。 「うっ……んんっ………ぁ……っ」  咲人は小さく声を漏らしながら、理央から与えられる痛みを必死に耐えた。  ──きっと……きっと理央の方が、痛いんだ。  咲人は目の前で痛みに耐えている理央を、抱き締める。  そうやって、二人の吸血行為はいつの間にか、理央の痛みを共有するような行為へと変わっていった。  放課後。いつものように咲人の部屋で勉強をしていたところ、突然理央が立ち上がった。  反対側に座っている自分のところへ来た理央が、首元に顔をうずめてくる。  血が、飲みたいのだろう。  咲人はベッドの上に移動し、寝転んだ。すぐに理央もそこへやって来て、咲人の体の上に乗っかった。  理央が首元から血を吸わないことを、咲人はもう知っている。  理央にシャツを捲り上げられて、咲人のまっさらなお腹が晒された。 「今日は……そこがいいの?」 「……だめ?」  理央にそう聞かれて、だめと答えるわけが無い。  咲人は自ら理央の頭を引き寄せて、行為の続きを促す。理央の開いた口の隙間から、普段は隠れている小さな牙がちらりと見えた 「っ…………!」  痛みに声を上げそうになって、必死に耐える。  ──我慢しなきゃ、だめだ。理央の気持ちを、知りたいから……っ  脇腹を()まれ、そこから溢れ出した血液を(すす)られる。最後に傷口をいたわるように舐められて、理央は離れていった。 「も……いいのか……?」 「うん……」  理央が拭った口元には、赤い血の痕がついていた。それを見て、咲人は理央と出会った日のことを思い出す。  自分は少しでも、理央を救えているのだろうか。  理央に起こしてもらい、絆創膏を手に取る。お腹の周辺には、理央に血を吸われた痕と歯形が残されていた。  乱れた服を正して、咲人は何事もなかったかのように定位置に戻った。 「……あ。そうだ、理央に渡したいものがあったんだ!」  咲人は立ち上がって、理央のために用意していたものを取りに行く。 「これ、この間の修学旅行のお土産。開けてみて」  そう言って、ツギハギになっている小さな箱を理央に渡した。この箱は、咲人が頑張って自分で作ったものだ。箱を受け取った理央がゆっくりとそのふたを開けると、中に入ってる物がきらりと光った。 「これ……キーホルダー?」 「うん。お店の中で、これが一番綺麗だったから。俺とお揃いだよ」  そう言って、自分の机に置いていた理央とお揃いのキーホルダーを見せた。  星形の小さなそれはキラキラと輝く樹脂(じゅし)でできていて、貝殻や海の砂が一緒に固められている。  すると理央は、そのキーホルダーを手に持ったまま(うつむ)いてしまった。 「理央?……違うのが良かった?」  咲人が覗き込んでそう聞くと、理央は首を振って否定した。 「……これがいい。すごく、嬉しい。咲人……ありがとう」  その後も理央は、勉強の合間に何度もその箱を開けて、中身を眺めていた。  咲人自作の不恰好な箱まで、大切そうに扱っている。  ──理央……少しは元気になっただろうか。  咲人は幼いながらも、理央のために出来ることを必死に探していた。

ともだちにシェアしよう!