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第8話 残された絆②
入学式を無事に終え、咲人は北見と学園内を散策していた。
周囲には自分達と同じような、みるからに新一年生であろう生徒たちが沢山いる。
校内を一通り回った後、咲人たちは中庭のベンチに座って昼食を取ることにした。
記念すべき一食目は、購買で買ってきたサンドイッチ。
食べてみると、それはもう予想を遥かに超えた美味しさだった。
咲人が一人で感動していると、北見がサンドイッチを片手に話し出した。
「噴水の周りに薔薇が咲いてるって、なんかいかにもって感じだよな」
「はは、俺も漫画でしかみた事ないかも」
中庭の中央には巨大な噴水があって、その周りにはきちんと手入れされた綺麗な薔薇が咲いている。
入学前、咲人は一度も学校見学に来たことがなかったが、どんな感じの学校なのかは兄からなんとなく聞いていた。
それでもやっぱり実際に来てみると、学園内の広さとその豪華さに圧倒される。
咲人はふと、頭の中でこの制服に身を包んだ理央が、噴水の前で佇んでいる姿を想像してみた。
でもやっぱり上手くできなかった。咲人の頭の中の理央は、いつまでも十一歳の姿のまま、止まっている。
「綾瀬?どうした?」
「あ、ごめん!なんでもない!」
いけないいけない。気を抜くとすぐに理央のことを考えてしまう。
いつまでもこんな気持ちのままじゃ、きっとこの三年間を乗り越えられない。
咲人はバクバクとサンドイッチを口に含み、弱音と一緒に無理矢理飲み込んだ。
月ノ宮学園は中等部から全寮制になっていて、そのままエスカレーター方式で高等部へと上がる生徒が大半を占めている。
咲人のクラスには生徒が四十名程いて、そのうちの三分の一が吸血種の生徒だ。
他のクラスもだいたいその様に分かれていて、全部で八クラス。加えて特進クラスがある。そのほとんどは吸血種の生徒で、特進クラスのみ生徒の割合が逆転しているという感じらしい。
自己紹介の時に、自分は吸血種だと早々に名乗る生徒もいれば、特に何も言わない生徒もいる。別に名乗る必要性はない。
一緒に過ごしているうちになんとなく「この子は吸血種なんだな」と気づく様になる。
まあだからと言って、何かが変わるわけでもないのだが。
授業が本格的に始まった頃。
早めに教室へ行って勉強をしようと登校したところ、教室には既に一人の生徒がいた。
サラサラとしたストレートヘアに黒い眼鏡をかけた彼は、咲人と同じように朝から勉強していた。
あいつは確か……高山 いつき、だっけか。自己紹介の時、彼は吸血種だと自分で言っていた。
「高山、おはよ」
「あっ……!綾瀬くん、おっ、おは……」
急に話しかけられて驚いたのか、びくついた高山の足が机にかかっていたバッグに当たり、中から何かが飛び出した。
慌てて落ちたものを拾う高山。いつもおどおどしていて、なんとなく心配になる。
「なあ。それって、血液パック?」
「え?あ……う、うん。そうだよ……」
高山が手に持っていたのは、ゼリー飲料のようなパックに入った、赤黒い飲み物。
これが、血液パックなのか。実物を初めて見た。
咲人がそれをじーっと見つめていると、高山がまたおどおどし始めた。
「あ、ごめん。昔仲良かった友達が吸血種だったから、気になっちゃって」
「……!そ、そうだったんだ……良かった。見慣れてない人だと、気持ち悪くなったりするだろうから……」
なるほど。まあ自分も、実際に見るのは初めてだけれど。
吸血行為自体には慣れているし、家が動物病院だからか、血も見慣れている。
「高山はそれ一本飲めば、一日平気な感じ?」
「あ、うん。僕は一本で持つかな。でも人よっては二本だったり、五本だったり……体格によって、配布される量も違うんだ」
「へー、そういうものなのか……」
「綾瀬くんのお友達は、僕より飲む人だったの?」
「いや……どうだろう。お互い子どもだったし、そういう話をしたことがなかったから」
「そっか……!そうだよね。僕もこういうこと、人に話すの初めてかも」
えへへ、と笑う高山。
そうだった。吸血種にとって、こういうことはとてもプライベートなことなんだった。
「ごめんな、急に色々聞いたりして」
「えっ……大丈夫だよ!むしろ話しかけてもらえて、嬉しかったから……!実は僕、まだクラスに馴染めてなくて……」
「そうなの?俺いつも北見って奴と一緒にいることが多いんだけど、高山も気楽に話しかけてよ」
そう言うと、高山は嬉しそうにしてた。こうやって友達が増えていくのは、咲人にとっても嬉しいことだ。
──きっと、俺は大丈夫。たとえお前がいなくても……月ノ宮でやっていく。俺、頑張るよ。
これ以上弱音を吐かないために、咲人は理央の存在を、心の奥深くへと封印した。
咲人は時々、夢を見る。それはいつも同じ内容で、絶対に結末が変わらない夢。
夢の内容は、理央と出会ったあの日から始まる。
公園で理央に初めて血を吸われた時のこと。いじめっ子たちから理央を助けた時のこと。
理央と初めて遠出した時のこと。
映画フィルムのように内容は次々と切り替わっていき、話はどれも繋がってない。
思い出を縫い合わせたような、ちぐはぐの夢。それでも、迎える結末はいつも同じだった。
夢の終わりはいつも一人だ。夕暮れの公園で、ただ自分の足元を眺めている。
どれだけ待っても、咲人の待ち人は来ない。夕方から、夜になる。夜になって、朝になる。
夏休み最後の日、理央は咲人に会いにきてくれたはずなのに。
どれだけ待っても、理央は咲人の元に現れない。
夢の中の幼い咲人は、今もたった一人で理央を待ち続けている。
そして夢から覚めて、咲人は絶望する。この現実はまだ、夢の続きなのだと。
固い誓いを立て、月ノ宮学園に入学してから一ヶ月が経った頃。
咲人はある大きな問題に直面していた。
それは、早くも誓いを反故し、ここから逃げ出したくなってしまうほど大きな問題で。
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