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第9話 残された絆③

 一日の授業を終えて、放課後を迎える教室内。  咲人の机には北見と、この間から話すようになった高山が集まっていた。  性格はそれぞれ違うけれど、なんとなく波長が合うため、最近はすっかりこの三人で行動を共にしている。  北見は先週から正式に弓道部に入ったようで、部活に向かう準備をしていた。 「高山はどの部活に入るか決まった?」 「僕は囲碁部だよ。小学校の時から続けてるんだ」 「すげーな、それは。うちの囲碁部って強いらしいし、やりがいありそう。綾瀬はどこにすんの?」  ギクリ。そうだよな……みんな部活、入るよな。  自分も中学の時は陸上部で、毎日走っていた。部活は青春だ。 「あー……俺は……部活はちょっと……いいかな」 「マジ?足速いし、陸上入るのかと思ってた」 「僕も、綾瀬くんは運動部だろうなって思ってたよ」  自分も、少し前までは陸上部に入るんだろうなーと思っていた。 「ははは、放課後は自由になりたくてさー……」 「あー、なるほどなぁ」   でも、もうちょっと色々見学してから考えてみたら?と、北見はなんてことなさそうに言ってくる。  ……違うんだ北見、高山。自分の中にはそもそも、部活という選択肢がもう無くて。  正直部活をしている余裕なんて、自分には無い。無かったのだ。  日々実施される小テスト、宿題、予習復習、その他諸々。  今の咲人は毎日の授業についていくのに精一杯で、部活を始めたら最後。  置いてけぼりを食らう未来しか見えない。    まさか自分がここまでついていけないだなんて、思ってもいなかった。  きっと兄が心配していたのは、入ることよりも入った後のことだったんだろう。  今になって気づいた、兄の優しさ。  でも、後悔したところでもう遅い。来月末にはさっそく中間テストが控えているのだ。  入学して一発目のテストで赤点をとるなんてことは、絶対に避けたい。    二人と別れた後、咲人はグラウンドから聞こえてくる楽しそうな声をBGMにしながら自習室へと向かう。   ……本当は、こんなつもりじゃなかった。  友人には恵まれている。授業は難しいけれど、この学校は設備が充実しているから、不自由なことは何もない。学食も美味しい。  側から見れば自分は、充実した高校生活を送っていると言えるだろう。  でも、本当は違う。咲人がここに来た、たったひとつの理由。それは……  グラウンドの端っこにポツンと転がっているサッカーボールを見つめながら、咲人はしばらく封印していた人物に、思いを馳せる。 「理央……どこ行っちゃったんだよ……」  その日の夜。風呂から上がり部屋に戻ると、珍しく北見が机に向かって勉強していた。  何か宿題が出ていたっけか……?と思い何とはなしに声をかけてみたところ、北見は驚愕の事実を述べたのだった。 「え……実力テスト……?」 「ああ。予定表にも載ってただろ?明日がその日だよ」  予定表……確かにそんなものをちょっと前に配られた気がする。  けれどその頃の自分はそれどころじゃなくて、確認すらしていなかった。 「ちなみに……範囲は……?」 「ほとんど受験の時と変わんないよ。だからそんな心配しなくても平気だって」  受験。つまり自分が今日必死で復習していた範囲とは、全く関係のないところだ。  北見は余裕といった様子だが、それはあくまで北見の場合であって。  全く余裕じゃない咲人が、残された時間でできること。それはつまり── 「一夜漬けだ……」 「え……そんなに気合い入れんの?」  その後も北見が後ろで何か言っていたが、咲人は消灯時間になってもベッドの中で暗記し続けた。  終了のチャイムが鳴り響き、解答用紙が回収されていく。  机の上が何もないまっさらな状態になった瞬間、咲人は勢いよく頭を突っ伏した。 「あ、綾瀬くん大丈夫……?」 「お疲れー。な?そんな心配するほどでもなかったろ?」 「……そうだな」  全然、危なかった。  徹夜してなかったら今頃自分は、空欄だらけの解答用紙を提出するハメになっていた。  そんな咲人の気持ちは梅雨知らず、北見たちはぞろぞろと部活に散っていった。  咲人はというと、さすがに眠さの限界だった。  重たい頭を無理やり起こし、のろのろと帰り支度を始める。  眠すぎて、意識が朦朧としている……だめだ。今日はもう、部屋に戻って早く寝よう。  咲人はふらふらと教室から出ると、一階の昇降口へと繋がる階段を降りた──はずだった。  眠さに気を取られて、片足を踏み外した。その瞬間、咲人の体は滑り落ちるように前へと倒れてゆく。 「……っ危ない!」  落ちたと思った自分の体は、いつの間にか力強い腕の中に包まれていた。  咲人は咄嗟に瞑ってしまった目を見開くも、視界がぼやけて、相手の顔がよく見えない。でも、それでも。  ──ああ、この匂い…………懐かしいな。  懐かしさを感じる匂いに包まれながら、咲人の意識はそこで途絶えた。

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