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第10話 残された絆④
目を覚ますと、咲人は知らない部屋のベッドの上にいた。
自分の部屋のよりもふかふかしていて、ずいぶんと寝心地のいいベッド。
起き上がってあたりを見渡すと、上弦寮の部屋の造りと少し違っていて、違和感を覚える。
「……?どこだ、ここ…………」
「ここは下弦寮で、僕の部屋だよ」
どこか聞き覚えのある、優しい声。記憶よりも少し低くなったけれど、自分がこの声を聞き間違えるはずない。
──でも……どうして……?
頭が真っ白になったまま声のする方へ振り向くと、そこには異国の王子様のような見た目をした、長身の青年が立っていた。
咲人は瞬きをすることも忘れ、幾度 も心の中で語りかけたその名前を口に出す。
「理、央…………」
咲人が彼の名を呼ぶと、青年はすっと目を細めて微笑んだ。
「……咲人、やっと会えたね」
……理央。理央だ。あの頃よりもずっと背が伸びて、あんなに細かった体は健康的なスタイルに変わってる。鎖骨くらいまであっ
た髪の毛は短く整えられていて、美少年だった理央が、一気に大人な雰囲気になって。
「もしかしてこれ……夢?」
「夢じゃないよ。遅くなってごめん……ただいま、咲人」
そう言うと理央はベッドに腰掛け、咲人の頭の方へ手を伸ばしてきた。
その瞬間、咲人はその手を取り、手の甲に向けてぎゅっと爪を立てた。
「咲人……痛い」
全然痛くなさそうな顔で、呆れたように微笑む理央。……なんだそれ。なんだこれは。なんなんだ一体、この状況。
「……ざけんな、俺がどんだけ……どんだけ不安だったか……理央にはっ、わかんないだろっ!」
喉が、震えてしまう。咲人的には怒ってるはずなのに、気づけば涙が止まらなくなっていた。
そんな自分の涙を、理央は優しく拭ってくれる。
「咲人は昔から、泣き虫だよね」
「るさい……全部お前のせいだ」
「うん……ごめんね。約束、ちゃんと守ってくれてありがとう」
それから咲人が泣き止むまで、理央は側にいてくれた。
理央はあれから、血縁関係のない神崎 家という由緒ある家柄の養子として迎えられたという。
「神崎家は昔から吸血種に信仰があって、中でも優秀な吸血種の血が欲しかったんだって。この血のおかげで、僕は生き延びることができたんだ」
理央は小さい頃からその血に苦しめられてきて、そして救われたのだ。
「……理央、ごめん。俺、理央が辛い時に、何も……」
「咲人。僕は君ともう一度会うためにここまで生きてきたんだ。いつだって、君は僕の生きる希望なんだよ。……だからもう暗い話はおしまい。ね?」
「……うん。でもなんで今、月ノ宮に理央がいるんだ?入学式にはいなかったのに」
「それはね……去年から僕はオーストラリアに留学していたんだ。本当は四月になったらすぐにこっちへ戻ってくる予定だったんだけど、編入手続きに時間がかかっちゃったみたいで。まぁでも僕、言ったじゃない?待っててって」
待ってて……?
……ああ。思い返してみれば確かに理央は、そう言っていたような気がする。
「そんな……まさか後から転校して来るだなんて、思わないだろ」
「ごめんね。まあ……咲人が月ノ宮に落ちてた場合も考えて、様子見してから動こうと思ってたんだ」
なるほど。自分が落ちた場合も、理央はちゃんと考えていてくれて…………ん?
「それってつまり……俺の実力を信じてなかったってことか!?」
「そうとも言うね。まぁどちらにせよ、僕は咲人のいるところにしか行かないから」
凄くむかつくけれど、確かに落ちる可能性の方が高かったから何も言えない。
「でも咲人とこうして月ノ宮で会えて、僕は嬉しいよ。よく頑張ったね」
「ほんとに……俺すっごい頑張ったんだからな」
「僕がいればもう大丈夫でしょ?だから安心して」
するり、と髪の毛に触れられた。その仕草が妙に色っぽくて、咲人の胸がおかしな音を立てた。
……あれ?理央ってこんな自然に、こういうことするやつだったっけ?
咲人は恥ずかしくてつい、俯いてしまう。すると理央がさらに近づいてくる。
急に近づいた距離に咲人が固まっていると、理央の細長い指が、咲人の目の下に触れた。
「な、なに……?」
「目の下にまつ毛が付いてた。さっき泣いちゃったもんね」
「……もー、何回も言うなよ」
びっくりした。自分は今、一体何を想像した?
咲人は誤魔化すようにベッドから立ち上がると、部屋の中を見回った。
「というか、理央って一人部屋なのか?」
「……ああ、うちの親がそうしてくれたんだって」
「そっか……あ。さっき言い忘れたけど……」
こちらに振り向いた理央と、視線が交わる。咲人の目の前には、理央がいる。夢じゃないんだ。
「おかえり、理央」
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