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第11話 残された絆⑤

 理央と無事に再会を果たした翌日、月ノ宮学園はちょっとした騒ぎになっていた。  その騒ぎの根源である『特進クラスに王子様が転校してきた』という情報は、咲人のクラスにもすぐに回ってきた。  女子たちはその姿を一目見ようと、朝から学園中が色めき立っている。  廊下側一番前の咲人の席には、いつも通り北見と高山が集まっていて、ドタバタと騒がしい廊下の様子を眺めていた。 「すごい人気だな、お前の親友くん。昔からああなの?」 「理央は……昔も今も綺麗だよ。でも、そうだな。今はさらに綺麗になったかな」 「その、同性の友達に対して綺麗って言う綾瀬も、なかなか珍しいよな」 「んー、そうかな?」  だって理央は、出会ったときから何も変わらない。見た目も心も、綺麗なままだ。 「あ……綾瀬くんが言ってた吸血種の友達ってもしかして……」  高山がそう言いかけた時、たった今話題の中心にいた人物が、咲人たちの前に現れた。  ドアから顔を覗かせてこちらを見つめているのは、異国の王子こと神崎理央(かんざきりお)。 「咲人、迎えにきたよ」 「あ、うん。北見たちも一緒に食べる?」  咲人は何気なくそう言ったものの、二人の顔が強張(こわば)った。 「いや、俺らは良いから。早く行ってやれ」 「う、うん。僕たちは教室で食べるよ」 「……そう?わかった」  北見たちと離れ、理央と二人で学園内を歩く。並んで歩いてると、当たり前に開いてしまった身長差が気になってしまう。  昔は自分と、同じくらいだったのに。それでも、何度も想像した制服姿の理央が今、隣にいるのだ。うっかりにやけてしまいそうになる。 「咲人、吸血種の友達できたんだ」 「ん?ああ、高山のこと?そうだけど……やっぱ吸血種同士ならわかるものなのか?」 「うん。彼からは血の匂いがしたから」  血……もしかしてあの、血液パックのことかな。きちんと包装されていても匂いがわかるものなのか。 「理央って鼻が効くんだな」 「人を犬みたいに言わないでほしいけど……まあ、吸血種は大体そうなんじゃない。特に血の匂いに関しては」 「ふーん、じゃあ俺ってどんな匂い?」 「咲人は……咲人の匂いだよ。僕が一番落ち着く匂い」  そっか。理央も同じなんだ。なんかそれって、嬉しい。  せっかくだからあの噴水がある中庭でお昼を食べようと思っていたが、理央がみんなの注目を集めてしまうため、断念して適当な空き教室に入った。  理央は特にお腹が空いてないのか、咲人が食べるところをじっと見ている。昔から変わらない、理央の癖だ。 「理央は何部に入るんだ?」 「僕は、弓道部かな。中学の時習ってたんだ」  確かに理央なら得意そうだし、似合ってる。そうだ、弓道部といえば。 「咲人はどこに入ってるの?」 「あ、えっと俺は……部活には入ってなくて。勉強する時間、無くなっちゃうからさ」 「じゃあ、僕も入るの辞めようかな」 「え?いいいいって!理央は別に勉強に困ることないんだし、せっかく入りたいところがあるんだから入れよ」 「……わかったよ。でもそれ以外の時間は全部、咲人にあげるから。無理しないでいつでも頼ってね?」 「ありがと」  相変わらず理央は、神様みたいに優しいことを言う。  でもせっかく理央も月ノ宮に入ったんだし、自分との時間だけじゃなくて、色んなことを楽しんでほしい。 「弓道部ならさ、うちのクラスの北見ってやつと同じだから……」  そう話し始めた途端、こちらを見つめていた理央の目が鋭くなった。  急に、どうしたんだろう。腹でも痛くなったのだろうか。咲人は心配になって、理央の顔を覗き込む。 「……理央?」 「……ごめん。聞いてなかった」  咲人が詰めた距離を戻すように、理央が離れていく。なんだろう、何か違和感。  結局その違和感の正体は掴めないまま、もうすぐ昼休みが終わろうとしていた。 「あ、そういえば理央」 「……ん?」  血は飲まなくていいのか、と聞こうとしたけれど。  何も問題なさそうな理央の顔を見たらなんとなく、聞けなくなった。  二人で教室に戻る途中、女子生徒達に話しかけられた。確かこの子達は隣のクラスだった気がする。 「ねー!綾瀬くんと神崎くんって同じ学校だったの?」 「いや、同じ学校になったのはこれが初めてだよ」 「えっそうなの?じゃあいつから知り合いなの?」 「えっと、それは俺たちが……」  小学五年生の頃、と答えようとしたところで、理央に腕を強く引っ張られた。 「わっ……理央?」 「咲人、つぎ移動教室でしょ。はやく戻らないと」 「……あ、そうだった」  えー、と声を上げる女子生徒たち。それに対して謝ろうとしたが、理央の力強い手に引かれてしまい、慌ただしくその場から立ち去ることになった。 「理央ってもしかして……女子が苦手なのか?」 「別に。興味ないだけ」  興味ないって……その割には、かなり避けているように見えた。  咲人が知らないだけで、もしかして中学の頃、何かあったのだろうか。  目の前の背中を見つめていると、ふと理央の足が止まり、こちらに振り向いた。 「……ねぇ咲人。あの頃のことは、二人だけの秘密でしょ?」 「……ごめん」  勝手に昔の事を他人に話されるのが、嫌だったのか。理央本人は何も変わらないけど、今とは環境が違う。  そんな咲人を見て何か察したのか、手を繋いだままの理央が、一歩前に近づいた。 「勘違いしてほしくないから言うけれど……昔の自分も含めて、咲人とのことは全部大切な思い出なんだ。勝手に他人に想像されたり、知った風に広められるのも嫌だ。……誰にも汚されたくない」  握られた掌に、ぎゅっと力が込められた。理央の思いが、伝わってくる。  咲人は俯いた理央の頭に手を伸ばすと、自分の首元へと抱き寄せた。 「わかった。もう言わないから……ごめんな」 「……うん」  理央がそこまで自分との思い出を大切に思ってくれていたことが、単純に嬉しかった。  理央との思い出が大切なのは、自分も同じだ。これからは、気軽に話すのはやめないと。  昼休みの一時間と、点呼までの約二時間。それが一日の中で理央と一緒にいられる時間だった。  特進クラスと一般クラスでは校舎も違うため、一緒にいられる時間はどうしても減ってしまう。  でもだからこそ咲人にとって、理央と二人きりで過ごせる夜は特別な時間だった。    寮に帰宅し風呂から上がった後、咲人は勉強道具を持って、もう一つの寮へと向かう。  二十二時の点呼までは自由時間のため、上弦寮と下弦寮の行き来はできるようになっている。  結局、二人きりになれる場所は、理央の部屋しかないのだ。理央の部屋の前まで着き扉をノックすると、風呂上がりで髪を濡らしたままの理央が顔を出した。 「ちょっと待ってて」  咲人は先に机に向かい、今日の復習を始める。しばらく集中していると、すぐ隣にシャンプーの匂いを感じた。 「んー……理央、わかんない」 「どれ?……ああ。ここはね──」  贅沢だな、と思う。学園一人気者の理央を、夜になったらこうやって独り占めして、勉強まで教えてもらって。  それなのに。もっと頭が良ければ、理央と同じクラスになれたのにな、なんて思ってしまう。  一つ願いが叶うと、すぐにまた次の欲が顔を出す。人間って本当、欲深い。  点呼まであと十分になったところで、勉強は切り上げる。何度目かの夜から自然とそういう流れになった。 「なぁ特進クラスってどんな感じなの」 「別に普通だよ。周りに吸血種が多いだけ」  咲人は勉強道具をトートバッグにしまい、机の上を片付ける。 「今度俺も遊びに行っていい?」 「咲人は危ないから来ちゃだめ」 「別に危なくはないだろ。理央がちゃんと仲良くできてるか心配なんだよ」 「大丈夫。咲人が心配してるようなことは何もないよ」  二人で玄関に向かう。咲人が靴を履く様子を、理央は壁にもたれかかりながら見つめていた。 「……僕は咲人の方が心配だよ。君は、騙されやすいから」 「なんだよそれ。俺のこと騙したことないだろ」 「さぁ……どうだろうね」 「ないね。お前はそんなことするやつじゃないし」  時計を確認すると、点呼まであと五分。やばい、そろそろ戻らないと間に合わない。 「じゃあな、理央。おやすみ」 「おやすみ、また明日ね」  また明日すぐ会えるというのに、理央と別れる時はいつもほんの少しだけ、寂しい。

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