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第12話 残された絆⑥
咲人の朝はいつも、北見のアラームの音から始まる。
朝五時に起きて北見は部活の朝練へ、自分は早めに学校に行って勉強をしている。
いつものようにそれぞれ朝の準備をしていると、北見が「あ、そうだ」と思い付いたような声を出した。
「神崎もいるんだし、綾瀬も弓道部の見学に来てみれば?別に勧誘はしないからさ。見るだけでも楽しいんじゃないかと思って」
理央からあまり部活の話は聞かないけれど、北見と理央は同じ弓道部だ。
──理央が弓を引くところ……確かにちょっと見たいかも。
あいつは昔からそういうゲームが得意だったから、的に命中させてる姿を容易に想像できる。
「じゃあ今日の放課後、ちょっとだけ覗いて見ようかな」
「良かった。神崎も喜ぶだろうな。ただ、応援に来てる女子達の熱量凄いから、埋もれないように気をつけろよ」
「あー……理央のファンって、そっちまで凄いんだ」
「凄いよ。最近じゃ神崎目当ての見学は禁止令が出たくらいには。でもそれもあんま意味ないし、当の本人はギャラリーに見向きもしないんだけどな」
そっちでも理央はあんな感じなのか。でもまあ、ああいう神聖な場で騒がれてしまったらちょっと迷惑なのでは。
「……やっぱり俺も行かないほうがいいんじゃないか?」
「いや、綾瀬なら神崎も絶対喜ぶだろ」
結局北見の口車に乗せられて、今日の放課後は弓道部の見学に行くことになった。
それにしても、理央が人気なのは微笑ましいが、ここまで来ると逆に心配になってくる。
おそらく理央自身はそんなに目立つことが得意じゃないと思うのだ。
せっかく同じ学校に入れたのに、それが理由で月ノ宮を嫌になったりしないだろうか。
それに、理央はどうも女子達に対して冷たいところがある。
普段は優しい理央がああなってしまうのは、絶対に何か理由があるはずだ。
──そういえば理央って……俺と離れてる間に彼女とか、できたのかな。
月ノ宮の弓道場は学園内の奥深く、静寂に包まれた森の中にひっそりと佇んでいる。
ここに辿り着くまでに咲人は何度も道に迷ったが、ぞろぞろと歩く女子集団の後を追い、なんとか無事に辿り着くことができた。
一応みな部員達の邪魔にならないように気を付けているのか、想像していたよりも弓道場は遥かに静かだった。
咲人は道場内をきょろきょろと見渡し、北見の姿を探す。すると後ろから、ぽんっと肩に手を置かれた。
「綾瀬、来たんだな」
「あ、うん。もう始まるのか?」
「ああ。そっちの端で見てていいよ」
そう言うと北見は持ち場へ戻って行った。
北見はスタイルが良いから、弓道着が似合う。このギャラリーの中にも北見のファンがいそうだ。
慣れない弓道場に咲人がそわそわしていると、ついに部員たちの練習が始まった。
静かな森の中に、規則正しい弦音 が響きわたる。
弓を持った北見が、咲人の側で矢を放ち始めた。集中している横顔を見て、自分も部活に入っていた時のことを思い出す。
いいな。好きなことをやるのはやっぱり、楽しいよな。北見の姿を見て、咲人も久々に走りたくなってきた。
しばらくして、北見は場所を移動するのか、咲人の側からいなくなってしまった。
そういえば、理央はどこにいるんだろう。咲人がそう思った時、先ほど北見がいた場所に、理央が立った。
こちらに振り向いた理央と、目が合う。
咲人は「見にきたよ!」の意味も込めて手を挙げてみたが、すぐに目を逸 らされてしまった。
やっぱり、練習の邪魔をしてしまっただろうか。こんなんじゃ理央も集中できないよな……
理央が弓を放つところだけ見て、帰ろう。そう決めて、理央の方へと目を向けた。
すっと伸びた背筋。いつもよりも凛とした表情で、理央が弓を構える。
弓が引かれた瞬間、理央の短く切り揃えられた髪の毛がふるりと揺れた。
──綺麗だ
理央が放った矢はまっすぐと飛んでいき、最後にバシッと音を立てて見事真ん中に的中した。
その瞬間、静かに見守っていた周囲の熱が数度上がったのがわかった。
やっぱり、理央は凄いな。そう思いながら見つめていると、再び理央と目が合った。すると理央は、咲人に向けて微笑んだ。
周囲のギャラリー達が「私に笑ってくれた!」と勘違いをして、ざわつき始めた。
咲人の頬には知らぬ間に熱が溜まっていて、その熱さを感じながらも弓道場を後にした。
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