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第13話 残された絆⑦

 夜の帳が下りる頃、咲人は理央の部屋にいた。 「今日の理央、凄かったな」  復習を進める傍ら、今日の放課後のことを話題に出してみる。 「咲人がいるなんて思ってなかったから、ちょっと緊張しちゃった」 「でもでも、完璧に真ん中にあたってたよな。俺邪魔したかなって思ってたから、あの瞬間ちょっと安心した」 「見に来てくれて嬉しかったよ。僕は咲人がいた方が集中できるみたい」 「そっか。まぁでも、他の人の迷惑になっちゃうし、しばらくは控えるよ」  そうやって話しているうちに、理央に聞きたかったことを思い出した。 「あ……そういえば理央ってさ、彼女いたことある?」  そう、さりげなく聞いたつもりだった。でも理央の目は一瞬で曇り、纏う空気が変わった。 「……あるよ」  ……え。いたこと、あるのか。ないのかと思ってたから、びっくりした。  いやでもこの見た目と性格で、いないって方がおかしいか。 「そ、そうなんだ。知らなかった……」  知らなくて当たり前だ。自分は理央と四年も離れてたんだから。  でもまさかそう返ってくるとは思わなかったから、上手く言葉が出なかった。  ……彼女がいたなら、本当に女子が苦手ってわけではないのか。  もしかしてその付き合ってた彼女と、何かあったのだろうか。 「咲人、手が止まってるよ」 「あ、うん。ごめん」  その後、理央の元カノについての話題には触れることなく、点呼の時間を迎えた。  上弦寮に戻りながら、咲人は理央の様子を思い返す。  咲人があの質問をしてから、理央は口数が少なくなってしまったのだ。  あんまり触れてほしくなさそうだったから、咲人もあれ以上は聞けなかった。  咲人自身も、聞きたいような聞きたくないような、複雑な気持ちではある。  でも、そうか。理央には彼女が……好きになった人がいたのだ。  ──理央は、どんな人を好きになるんだろう。  中間テストが近づき、部活動は一斉に休みに入った。  理央と一緒にいれる時間が増えたので、授業終わりの放課後も、一緒に勉強会をしている。  しかし咲人の頭の中には未だ理央の元カノのことがちらついてた。  理央の顔を見ると、無意識に思い出してしまう。友達の恋愛事情は、やっぱり気になってしまうものなのだろうか。  咲人は頭の中でぐるぐると、名前も知らない相手のことを考えていた。  というか、咲人が知らないだけで、今も理央には彼女がいるのかもしれない。  だから他の女子には冷たいんじゃないか?……絶対そうな気がする。  辿り着いた自分の答えに納得していると、とんっと肩を叩かれた。 「ここのところ集中できてないよね。何かあった?」  隣に座っている理央にそう指摘され、ギクリとする。勉強中の理央は、咲人に対して少しだけ厳しい。これはちゃんと言わないと、言うまで追求されるやつだ。 「何かというか……理央は今、付き合ってる人とかいないの?ほら、もしいるなら俺ばっかに時間使ってて良いのかなって思って……」 「またその話か。つまり咲人は僕に、自分よりも彼女を優先してほしいってこと?」 「え……いるの……?」  やっぱり理央には、彼女がいるんだ。 「……咲人は僕に恋人がいたら、嫌?」 「別に……理央に彼女がいたって、俺には関係ないし……」  そう言葉にした途端、胸がずくんと重くなった。あれ?なんで今自分は、胸が痛くなったんだ?  咲人が戸惑っているうちに、理央の顔がすぐ側まで近づいていた。 「でもいまの咲人、別にって顔して無いよ」 「……そんなこと、」  すべてを見透かすようなペールブルーの瞳に見つめられ、咲人は無意識に目を逸らす。 「んっ……」  咲人の首元を、理央が指でなぞった。そこにはいつものように、包帯が巻かれている。  理央が今触れているのは、あの日理央が付けた痣の場所。 「咲人。僕は君に恋人がいたら……許さない」  許さないって、なんだよそれ。それじゃまるで咲人のことを……いや違う。  これはただペットが他の人に懐いたら嫌みたいな、そういうのと同じだ。  咲人が顔を上げると、理央と目が合った。そのまま逸らすことができなくて、二人は見つめ合う。 「安心して。今も昔も、僕の中には咲人しかいないよ」

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