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第15話 残された絆⑨
授業が終わるチャイムが鳴り、次の授業までの束の間の休憩時間。
昨日の夜からあの光景が頭から離れなくて、授業もあまり集中できなかった。
咲人が昨日見たあれは、一体何だったのだろう。
わからないことを考えたところで、意味なんてないのに。
あんなの早く忘れてしまえばいいのに、どうしても頭から切り離せないのは多分、理央も吸血種だからだ。
理央に聞けば、何かわかるんだろうか?
でも、今更あの頃していた行為について触れたら、理央は嫌な気持ちになるかもしれない。……思い出したくない記憶かも。
現に理央は、咲人の首元に巻かれている包帯について、何も触れてこない。
二人でいる時に思い出話もするけれど、あの行為の話題は何となくお互いが避けている。
「──せ……綾瀬!」
「はっ!な、なに、北見」
考え事に集中しすぎて、何度も名前を呼ばれていたことに、全く気付かなかった。
「なんか呼ばれてるよ、廊下の」
そう言われ、北見が指さす方へと顔を向ける。そこには見覚えのある、金髪頭。
「おい、綾瀬咲人ってお前?」
間違いない。あいつは昨日の……吸血種だ。
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金髪頭の吸血種に「ついてこい」と言われ、咲人は屋上にいた。
「あの……なんで俺の名前」
「お前、昨日これ落としただろ?気付いてねーのか」
あ……復習ノート。理央の部屋に忘れたのかと思ってたが、あの時落としていたのか。
「ごめん、ありがとう」
手を伸ばしノートを受け取ろうとしたところ、それを高く上げられて阻止された。
「ちょっ……返せよ!」
「まーまー、その前にちょっと話そうぜ。俺は長谷川健 。特進クラス」
こいつ、特進だったのか。理央の……クラスメイトだ。
「お前、見てたんだろ?昨日のアレ」
アレとは十中八九、あの男子生徒との吸血行為のことだろう。
「たまたま通りかかっただけだ。別に見ようとして見たわけじゃない!」
「どっちにしろ見ちまったことに変わりねーだろ」
「二人は……付き合ってるんだろ?だったら別に問題ないんじゃないのか」
「俺らは付き合ってねーよ。普通に利害の一致だ」
「なにそれ……血液パックじゃ足りないってことかよ」
「はっ、ちげぇな。直接吸ったほうが美味いからだよ。一度鮮血の味を知っちまったら、あんなもん気休めにもなんねーからな」
その言葉に、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。気休めにもならない?血液パックが?
困惑している咲人を見て、目の前の男は嬉しそうに畳み掛ける。
「じゃあお前、あれも知らねーの?この吸血種寮が人気な理由……吸血種同士で血が吸い放題だからってことも」
そんなこと、咲人が知るわけない。それじゃあもう一人の生徒の方も、吸血種だったということか。
「俺、知ってるぜ。お前が神崎の部屋に入り浸ってること。あの時間、いつもあそこ通るだろお前」
こいつ、知ってたのか。理央、言ったら怒るかな……でも変な誤解されてたら、そっちの方が困る。
「俺と理央は昔から友達で……親友なんだよ。何もおかしなことないだろ」
「ふーん、親友ね。そんな毎日俺らの寮で会う必要ってあんのかね?しかもあいつ一人部屋だろ」
「別に、理央と俺はあんたみたいなやましいことなんてしてない。やってるのは勉強だけだ」
「でもそれ、あいつのこと好きな奴らが知ったらどう思うだろうな?神崎は俺と同じ……吸血種なんだぜ?」
確かに理央は吸血種だ。でも、こんな奴と理央を一緒にされたくない。
「それに、その包帯。お前ほんとはあいつに血吸われてんだろ?」
「そんなこと、俺たちはしてない……っ!」
「じゃあそれ取って見せろよ。吸血痕がないか、俺が確かめてやる」
「これは……違う。あんたに見せる道理はない。とにかく、俺が周りに言わなきゃいいんだろ?もう授業始まるから返せっ!」
「あっ、おい……!」
咲人はノートを取り返すと、逃げるように屋上から駆け降りた。
遅刻ギリギリで席についた授業が無事に終わり、北見と高山と、次の授業の教室へ向かう。
「綾瀬、さっきの大丈夫だった?教室出てく時なんか、険悪な顔してただろ」
「ああ……落とし物を届けに来ただけだよ」
「あの人、特進クラスの人だよね。結構やばいって噂、うちの寮でも有名だよ」
高山がそんなことを言うなんて、かなり珍しい気がする。
「……やばい?それは素行がってこと?」
「うん……点呼の時間にいなかったり、無断外泊したり」
思い出される、昨日の記憶。
確かにあの時間にあの状態じゃ、点呼までに戻る気はなかったのだろう。それで口止めしたがってたわけか。
今日から自分の寮に戻る時は、あの給湯室は避けて行くしかない。校内でもなるべく会わないように気をつけて……
対策を考えながら歩いていると、少し離れた場所に理央の姿が見えた。
「あ、理──」
今絶対に目が合ったのに、理央は咲人に構うことなく行ってしまった。
「綾瀬、どうかしたのか?」
「……ううん、何でもないよ」
最近こうやって、理央に無視されることが多い。主にそれは、咲人が誰かと話している時だったり、咲人の周囲に人がいる時。
二人きりの時はいつも通りなのに。理央に無視されると、自分がまるでいないものの存在になったようで、心が痛くなる。
──理央の心が、遠いよ。
『一度鮮血の味を知ったら、気休めにもならない』
咲人の頭にふと、先ほどの金髪頭が言っていた言葉が蘇る。
もし本当にそうなら、理央は今どうしているんだろう。
理央はあれから……咲人の血を吸わなくなってから、血液パックをちゃんと飲めているのだろうか。
再会から今日までの記憶を辿っても、理央が血液パックを摂取しているところを見た覚えがない。
高山や他の吸血種の生徒が血液パックを常時していることは、咲人も知っている。
これだけ一緒にいるのに、理央がそれを手にしているところは一度も見た事がない。
もしかして、理央にはもう……血を提供してくれる人がいるんじゃないか?
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