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第16話 残された絆⑩

 弓道部の練習が終わった頃、咲人は理央に『今日は早めに行って、先に勉強して待ってる』とメッセージを送った。  理央からすぐに『じゃあ今からおいで』と返事が来たので、咲人は早速用意していた勉強道具を持って理央の部屋へと向かう。  足早にたどり着いた扉の前で一つ深呼吸をし、咲人はその扉をノックした。  すぐに扉が開かれて、出てきたのは少し驚いた顔をした理央。 「本当にすぐ来た。今日はずいぶん早いんだね」 「う、うん。理央の部屋じゃないと集中できなくて、」 「そう。僕はこれからシャワー浴びてくるけど、咲人は?」 「俺はもう終わった!理央のこと待ってる!」 「わかった、すぐ戻るね」 「ゆ、ゆっくりでいいからなー!」  シャワールームに向かう背中にそう呼びかけた後、ぱたんと扉を閉めた。ミッション開始だ。  咲人は大急ぎでまず、机の上に自然な感じで勉強道具をセットした。  それから理央の殺風景な部屋の中をぐるりと見渡す。  置いてある家具は備え付けの冷蔵庫、ベッド、机、クローゼット。そしてベッドの傍に置かれた大きめのキャリーケース。  冷蔵庫はいつも勝手に使わせてもらっているため、既に確認済みだ。なのでまず初めに、クローゼットの中を探す。扉を開くと、そこには制服といくつかの弓道着がかかっていた。それと、私服が少しだけ。  次に、ベッドの下を覗いてみる。埃ひとつ落ちていない、綺麗な床が奥まで見えた。  そして、いつも使っている机。この机には引き出しが三つあり、一番下の段には鍵がかかるようになっている。  とりあえず一番上から開けてみると、ノートや使わない教科書が入っていた。  その下の引き出しには、ファンレターのような手紙がたくさん入ってた。  ダメ元で一番下の引き出しを開けると、そこはすんなり開いた。が、中身は空っぽのままだった。    ここにもないということは、理央が持ってきた私物のキャリーケース。ここに入ってるということだ。  咲人はバクバクする胸を押さえながら、キャリーケースに手をかけた。  大きなキャリーケースの中には、小さな手作りの箱が一つだけ入っていた。  咲人はこの箱に、見覚えがあった。中を開けると、予想通りそこには、昔理央にあげた修学旅行のお土産が入っていた。  星の形をしたそれは小さなアクリル製のキーホルダーで、中には貝殻が入っている。咲人とお揃いのものだった。 「まだこれ……持っててくれたんだ」  キャリーケースの中には、この小さな思い出だけが大切そうに仕舞われていた。  結局、理央の部屋で目当てのものは見つからなかった。  勝手に部屋を漁ってしまった後悔と、理央の優しさだけが咲人の心に残ってしまった。  おそらく、理央に血を提供してる人がこの学園にいる。もしかしたら今、この寮の中にいるのかもしれない。  あの引き出しに入ってるファンレターを送ってきた中の誰かかもしれない。  この学園には理央のことを好きな人が多すぎて、相手が誰なのかは見当もつかない。    でも、一つだけ確実にわかった事がある。  それは、自分はもう理央の『特別』じゃないということだ。  ──理央……そっか。理央にはもう、俺の血はいらないんだ。  悲しいという感情を通り過ぎ、胸にぽっかりと穴が空いてしまったようだった。  その代わり、理央に付けられた首筋の痣が、内側からじくりと痛んだ。

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