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第18話 残された絆⑫
それから数日経っても、理央とは未だ話すことができないでいた。
毎日昼休みに来ていたお迎えがなくなって、何となく咲人も夜訪ねることが出来なくなって。
そんな状態で、気づけばもうすぐ一週間が経とうとしていた。
北見と高山は察してくれて、何も聞かずに一緒に過ごしてくれている。本当に優しい友人を持ったと思う。
でもさすがに心配なのか、自習室に向かう直前、部活前の北見に話しかけられた。
「綾瀬。神崎と喧嘩でもしたのか?」
「……喧嘩、なのかな」
そういえば、理央と喧嘩なんて、今までしたことがなかったかもしれない。
きっとそれは、理央が優しかったからだ。咲人が何をしても、理央はいつも許してくれた。
そんな理央をあそこまで怒らせてしまったのだから、やっぱり自分が悪い。
もう一度ちゃんと、謝りたい。たとえ許してもらえなくても。
「あいつ最近、部活でも調子悪いよ」
「え……」
「もっと拗れる前に早く仲直りした方がいいと思うぞ」
北見の言葉に、咲人は背中を押された。
このままもっと気まずくなって、理央が自分から離れていったら咲人はもう立ち直れない。
それに、自分のせいでさらに迷惑をかけてしまっているのだとしたら、早く理央と話をしないと。
理央にメッセージを送ろうとしたところで、前から弓道着姿の理央が歩いてくるのが見えた。
向こうも咲人の存在に気づき、目が合う。久しぶりに、理央の顔を見た気がする。
理央はちょうど保健室から出てきたところで、その手には包帯が巻かれていた。
それを見た瞬間、咲人の体は自然と理央のもとに動いていた。
「っ理央、怪我したのか?」
「そんな大した怪我じゃないよ」
「これ……俺のせい?」
ピクリと理央の体が動き、不自然に目を逸らされた。
きっと、自分のせいで集中できなかったんだ。自分が理央に、怪我させてしまった。
「理央……理央のこと、傷つけてごめん。謝って許してもらえるかはわからないけど……」
咲人がそう言うと、俯いたままの理央が口を開いた。
「…………キス」
「え……?」
「咲人がキスしてくれたら、許すかもね」
は、はぁ〜〜?なんだよ理央。いつの間にそんなこと言うようなやつになったんだ。
しかも許すかもって……許さないかもしれないってことだろ?
咲人が困惑している間も、理央は黙ってそっぽを向いている。まるで大きな子どもみたいだ。
いつもの自分達に少しだけ戻れた気がして、ちょっと笑えてきた。
まだ怒ってるような理央の手を引き、咲人はさっさと歩き出す。しかし理央が立ち止まったことで、咲人は少しつんのめる。
「咲人、どこいくの?」
「……ここじゃできないから、理央の部屋」
驚いた顔をした理央の手を引いて、再び下弦寮へと歩き出す。さっきからこいつは黙ったままだ。
時間が経つにつれて恥ずかしくなってきたけれど、ここまで来て後に引くなんて、もうできない。
部屋の前までつくと、理央がゆっくりと部屋の鍵を開けた。
ガチャリと鍵が閉まる音が部屋の中に響いて、密室で完全に二人きりの状態になる。
「ねえ……本当にしてくれるの?」
「お前が言い出したんだろ」
「お願いされたら、咲人は誰にでもキスするの?」
「は?するわけないだろ。理央は……特別だかんな」
まだ信じられないみたいな顔してる理央に構うことなく、咲人は理央の腕を掴んだ。
「目、瞑れよ」
そう伝え、理央の目が閉じられた瞬間。咲人は背伸びをして理央にキスした。
「ん……これでいいのか?俺初めてだから、わかんないんだけど……」
「…………そんなんじゃ全然、足りないよ」
そう言うと理央は壁側に咲人を追いやり、顔を上向かせた。
「な……なに?」
そう問いかけた後、理央の唇が重なった。それからすぐ、少し開いた唇の隙間から、ぬるりとしたものが入ってきた。
理央の舌だ。驚いて離れようとした瞬間、隙をつくようにして素早く舌を絡め取られた。
「んっ……!む……っ」
重なった唇からは、クチュリと舌が絡み合う音が聞こえてくる。
苦しくなって目の前の胸を叩くと、理央は離れた。その瞬間、咲人は思い切り息を吸い込む。
ぜーぜーと荒い息をしていると、理央の細長い指が、咲人の頬を優しく撫でた。
「鼻で息してごらん」
「っ……わかんな……んむっ……っ!」
またすぐに唇を塞がれて、理央に自由を奪われる。
頭がくらくらする。しかも理央は今、咲人のよだれを飲んだ。恥ずかしくて、泣きそうになる。
その後も上手く息継ぎができず、咲人が酸欠になりそうになったところでやっと唇が解放された。
「ふーっ……ふーっ……や、やりすぎだろ……っ」
涙目で睨 むも、理央には全く効いてない。
それどころかもう一度理央の顔が近づいてきて、最後にちゅっと軽いキスをされた。
「……こういうことお願いされても、僕としかしちゃダメだよ?」
「んなことしてくる奴いないってば……」
「だめ。咲人、約束して」
背中に回された腕に力が込められて、更に拘束が強くなる。理央は相変わらずこういう時、力が強い。
「わ……わかったよ」
そう答えると、さっきよりも腕の力は緩まったものの、しばらく理央は咲人から離れなかった。
理央に抱きしめられながら、頭の中でなんとなく思ったのは。
──理央はきっと、このキスが初めてじゃないんだ。
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