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第27話 遠い日の記憶⑥【理央side】
それからのことを、理央はあまり覚えていない。
いつの間にか大家さんが救急車を呼んでいて、その日は非常に迷惑そうにしながらも理央のことを家に置いてくれた。
そしてその夜。テレビで流れていたニュースで、元ホストが刺されて死亡したという報道を知った。
被害者は柊で、刺したのは理央の母。母は柊を殺してから、自分も自殺したのだ。
あの日、理央が殴られた日。柊には既に家族ができていた。母じゃない、別の女と結婚したのだ。
それを知った母は柊の元に向かい、すべてを自分の手で終わらせた。
母は自分の人生を狂わせたあの男のことを心から愛し、それと同じくらい憎んでいたのだ。
最後の日、母は今までで一番優しかった。母は自分のことを精一杯、愛してくれていたのだと思う。それは歪んだ愛情だったのかもしれないけれど。
理央はその日二人の親を同時に亡くし、たった一人になった。
それからすぐ、理央の元に『神崎』と名乗る男が現れた。
──理央くんさえ良ければ、君を引き取りたい
──君の望むことはなんでも叶えてあげられる。その代わり、私のところに来てくれるかい?
両親を同時に亡くした今、そんな上手い話は果たしてこの世に存在するのか。理央にはもう、何もわからない。
それでもこの先自分が咲人と生きていく為には、この男の元へ行くしかないのだと思った。
理央のたった一つの望み。それは──
「……生涯を共にしたい子がいる。僕はその子のすべてが欲しい」
そう言うと、男は頷きこう言った。「すぐには難しいけれど、私が必ず叶えてあげよう」と。
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神崎を名乗る男の元へ行くことを決断した翌日、アパートの前には黒い車が停まっていた。
理央は少ない自分の荷物をすぐに纏めると、母と過ごした小さな部屋に別れを告げる。
車に揺られながら数時間。辿り着いた場所は、今まで見たこともないような豪邸だった。
それを見て理央が言葉を失っていると、隣に立つ神崎に話しかけられた。
「今日から君は、神崎理央になる。私が君の義父だ。これからよろしく」
そう言うと義父はこちらに握手を求めてきた。理央はその手を握り、頷いた。
家の中に入ると、まずは自分の部屋に案内された。今まで過ごしてきた自分の部屋のとは比べものにならないくらい、大きな部屋。そこに荷物を置いた後、義父に一階へ顔を出すように言われる。言われた通りリビングに向かうと、そこには二人の男の子が立っていた。
「この二人は、今日から君の兄弟になる子たちだよ。真広 、晴 。この子は理央。真広の弟で、晴のお兄ちゃんになるな」
真広と呼ばれた方が、腕を組んで理央のことを品定めするような目で見つめてきた。おそらく理央の一番苦手なタイプだ。一方晴の方はおとなしそうな、穏やかな雰囲気をしている。
「夕食の時間まで、三人で親睦を深めるといいよ」
義父はそう言うと、リビングに三人を残していなくなってしまう。ここでいなくなられても、気まずいだけなのに。
理央はとりあえず自分の荷物を整理しようと、二階に戻ろうとした。そこへ「おい」と理央を呼び止める声がかかった。
「新入り、オレはお前と仲良くしないからな。ここではお前が一番下だ」
思った通り、自分の苦手なタイプだ。理央は一度ため息を吐き、真広の方へと体を向けた。
「僕はなんでもいいよ。ここに置いてもらえるなら」
「なんだよ、しけたツラして。そんなんじゃ神崎でやってけないぞ」
ツンと釘を刺すようにそう言われ、理央は仕方なく二人の元に残ることにした。
理央がソファに座ると、その隣に晴がやってきて話し始めた。
「初めまして、僕は晴。歳は理央の一つ下で、真広の二つ下。だから僕たち丁度、階段みたいになってるんだよ」
そう言ってふわりと笑う晴。想像通り、優しそうな子だ。
「僕は……理央。母さんが死んで、行くところがないからここに来た」
理央がそう言うと、晴は優しく手を握ってくれた。
「大丈夫。僕と真広も、理央と同じだから。理央は一人じゃないよ」
晴がそう言うと、真広はフンっと鼻を鳴らしそっぽを向いた。
しばらく二人(主に晴)と話した後、理央は部屋に戻って荷物の整理を始めた。
すると部屋の入り口に気配を感じて、理央は振り返る。腕を組んだ真広が、ドアにもたれかかるようにしてこちらを見ていた。
「いいか新入り、教えてやるよ」
そう言うと真広は、ずかずかと理央の元までやってきた。
「お前まだ、直接人間の血を吸ったことないんだろ?安心しろよ、ここにはそういうオンナが腐るほどいるんだ」
「はぁ……興味ないね」
理央はため息を一つ吐き、視線を自分の手元に戻す。
「そう言ってられんのも、今のうちだぜ。なんせ向こうから勝手に寄ってくるようになるからな」
真広のその言葉を聞いて、これから面倒なことになりそうだと理央は直感した。
その後も一人で荷物を整理していると、理央の一番大切なものが出てきた。
咲人から貰った、小さな手作りの箱。それを見つめながら、最後に咲人の部屋で話していたことを思い出す。
──咲人との約束……守れなかったな。
机に置かれたカレンダーを確認すると、約束の夏祭りの日はとっくに過ぎていた。
咲人のことだから、あれからきっと毎日あの公園で自分のことを待っているのだろう。
その日の夜。本当はもの凄く咲人の血が飲みたかったけれど、血液パックで我慢した。
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