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第28話 遠い日の記憶⑦【理央side】
翌日、理央は義父の元に呼び出された。
「理央。少しいいか、話しておきたいことがある」
その言葉に、理央は今後自分がここでどう生きていくのかを伝えられるのだと分かった。
理央は義父のいるデスクの前に立つ。そのすぐ後ろには、一人の女性の肖像画が飾られている。
「私の妻は……重い病気でね。今はまだここには来られないんだ。私も色々な付き合いで、この家を空けることが多い。だからなるべく兄弟三人でうまくやって行ってほしい。そして将来は三人のうちの誰かに、私の役割を継いでもらいたいと考えている。そのためにも、これから神崎家のしきたりをここで学んでほしい。理央、君は夏の終わりから新しい学校に通うことになる。他の二人と同じ、高等部まである一貫校だ」
「……わかりました。でもひとつだけお願いがあります。高校だけは、全寮制の月ノ宮学園に通いたいんです」
「わかった。ではそれまでに、ここで全てを学びなさい」
その数日後、理央は咲人に挨拶がしたい旨を義父に話した。
義父は快く承諾し、車を手配してくれた。そして理央は咲人の元へ向かい、月ノ宮で必ず再開する約束を交わしたのだった。
だが最後に咲人の血を吸ったあの日から、理央にとっての本当の地獄が始まってしまった。
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──熱い。喉が焼けるように痛い。血。血が欲しい。
理央は重たい体を無理やり起こし、サイドテーブルに手を伸ばす。
そこに置かれた血液パックを手に取ると、それを勢いよく飲み干した。
だがあまりの不味さに体が酷い拒否反応を起こし、思わずその場ですべて吐き出してしまう。
「うっ……うぇ……っごほっ……がっ……」
──不味い。気持ち悪い。咲人の血じゃない。咲人の血が欲しい!
咲人との別れから一年が経った頃。理央の体は、咲人以外の血を完全に受け付けなくなっていた。
この頃にはもう自分は咲人に会いたいのか、咲人の血が飲みたいから会いたいのかがわからなくなっていた。
理央は血だらけのベッドから這い出ると、壁に手をつき体を支えながら歩き出した。
「咲人……咲人……」
朦朧とする意識の中で、ここから咲人がいる場所までの道筋を考える。
壁に血の跡を残しながら進む理央。それを止めたのは、物音に気づいた義父だった。
「……理央、ベッドに戻りなさい。このままでは……君は死んでしまう」
「義父さ……咲人に会わせて」
「ここに来たときに、私と約束したね?三年間ここで神崎家のしきたりを学ぶと……君が咲人くんとこの先一緒にいるために。理央、今はその時期なんだよ。咲人くんだって理央のために頑張っているのだろう?」
……本当に、そうなんだろうか?自分とは違って、咲人の周りにはたくさんの人間がいた。中学生になって、きっと今頃は新しい友人もできて沢山遊んでいるのだろう。もしかしたら自分以外の特別な存在ができているかもしれない。
「……許せない。咲人は僕のものなのに」
咲人の血に囚われた理央は、現実と妄想の区別がつかなくなってきていた。
「理央。私が用意した『餌』を使いなさい」
「嫌だ!咲人以外の奴の血を吸うなんて……僕にはそんなこと……」
理央は頭を抱え、その場で蹲る。口ではそう言っても、体はもう限界だった。
「大丈夫。直接吸えば、その渇きは癒えるはずだ。理央に合うような、うるさくない『餌』を手配したから」
義父はそう言うと、理央の部屋に一人の女を呼んだ。その日初めて理央は、咲人以外の人間の血を吸った。
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