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第30話 遠い日の記憶⑨【理央side】

 新しい学校生活にも慣れてきた頃、理央は真広が言っていた通りの現実を味わっていた。  ──「そう言ってられんのも、今のうちだぜ。なんせ向こうから勝手に寄ってくるようになるからな」    中等部にもなると、周囲は色事に過敏になり始める。そして理央も例外なく巻き込まれていた。 「神崎くん。私と、付き合って欲しいの!」  この学校に入ってから何度目かの告白を、理央は知らない女子生徒から受けていた。  それに対して理央が返す言葉はいつも同じ。本心からの言葉だ。 「僕は君に興味がない」  こう言えば、大体の子は泣きながらどこかに走り去っていく。  いい加減、面倒だった。これならまだ、いないもののように扱われていた頃の方がマシだ。  でも、今回だけは流れが少し違うようだった。告白してきた女子生徒は、理央のことを見つめたままだ。 「お願い、血が目当てでもいいから。神崎くんに吸って欲しいの」  そう言って理央の前から立ち去らない彼女を見て、理央は少し考えた。  最近、義父は忙しいようであまり家に帰ってこない日が続いている。  そんな中で「痛くても逃げ出さない人」を条件に義父は毎回理央のために提供者を手配してくれているのだ。  自分のせいで、義父にあまり負担をかけたくなかった。理央は彼女の提案に条件付きで応えることを決めた。 「……いいよ。その代わり、痛くても我慢してね」  結局、その女子生徒とは一ヶ月も続かずに終わった。彼女曰く、痛くて怖くて死んでしまう、と。  付き合う前、自分は忠告したはずだ。我慢できない向こうが悪い。  それでも「血が目当てでも構わないから、付き合って欲しい」という要求は後を立たなかった。  本当に面倒だった。周りが自分に何を求めているのかがわからない。理央からの愛情なんてもらえるわけないのに、次から次へと懲りずにやってくる。  ──僕の心は咲人のものだ。  でもそのうち、自分が彼女たちにしていることは、柊が母にしていたことと同じことなのだと気づいた。  それから理央は、学校に通えなくなった。  自分に何かを求めて近づいてくる彼女たちが、人間が、気持ち悪くなってしまったのだ。  義父が手配していた女の血も吸えなくなった。男を手配してもらったこともあったが、結果はすべて同じ。  そんな自分を見て、義父は真広を自分に与えた。兄弟であれば、その嫌悪感は薄らぐのではないかと。  義父に協力するよう言われた真広が、理央の部屋へとやってきた。その顔はいかにも「不本意です」という感じだ。  理央だって、真広に助けを乞うなんてこと本当はしたくなかった。だが義弟の晴が留学している今、理央のいつも近くにいる人間といえば真広しかいないのだ。 「おい、さっさとしろ。痛くしたら殴るからな」  そう言って、真広は首筋を恥ずかしげもなく理央の前に晒す。  義理の兄弟なのだと思えば、理央はその血をなんとか吸うことができた。  それから理央はまた真広と同じ学校に通い始めたものの、他人から好意を持たれることに疲れ、結局通えなくなってしまった。  自室で一人、咲人のことを思いながら空を眺めていると一本の電話が鳴った。オーストラリアにいる晴からだ。 『理央、久しぶり。元気だった?』 「元気じゃないよ。咲人に会いたくて死にそうなんだ」 『はは、また学校が嫌になっちゃったの?』  電話の向こうで、晴に笑われる。実際のところ、理央は本当に死にそうだった。ここにきてから、もうずっと、息が苦しいのだ。  ただ、咲人に会いたかった。どんなに辛くてもいいから、母と過ごしたあの小さなボロアパートに、あの日々にもう一度戻りたかった。 『……ねぇ理央。僕のいる学校に来てみたら?きっとそこにいるよりも、理央は楽になれると思うんだ』    義父や真広の勧めもあって、理央は日本を旅立った。  海外の学校は日本にいる時よりも、幾分か息がしやすかった。  一緒にいる晴は真広のようにうるさくないし、自分の気持ちもわかってくれる。  オーストラリアにいる間、理央は晴の血を貰うことで体を保っていた。    それから一年後。  理央は日本に帰国し、月ノ宮学園で咲人と再会したのだった。

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