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第31話 溢れ出した欲望①【理央side】
昼休みを知らせるチャイムが校舎に鳴り響く。
その瞬間、理央は誰よりも早く特進クラスを出て、咲人の元へ向かう。
しかし教室に着いたところで、彼の姿が見当たらないことに気づいた。連絡するためにスマホを取り出していると、一人の吸血種と目が合う。あれはいつも咲人と一緒にいる、地味な吸血種だ。
「咲人は?」
「あっ、綾瀬くんは──」
保健室だよと言われた瞬間、理央は教室を後にした。
ドアを開けるとすぐに消毒液の香りが鼻をつく。部屋の奥に一つだけカーテンが閉まっているベッドがあった。
──見つけた。匂いですぐわかるけど。
養護教諭はおらず、理央はまっすぐベッドまで歩くと勢いよくカーテンを開けた。
そこにいたのは、丸まったダンゴムシのように毛布を被った、愛しい人。
毛布の隙間からこちらを覗いている瞳と、目が合う。良かった。この様子なら、体調不良ではなさそうだ。
「咲人、おはよ」
「お……おはよ」
のそのそと顔を出した咲人。だが理央の顔を見た途端、真っ赤になって俯いてしまう。
昨晩。点呼の時間に咲人を起こした後、彼はいつも通り自分の寮へと帰って行った。
でも咲人は寝起きだったから、寸前まで自分が何をしていたのかを忘れてしまっていたのだと思う。そして今の、この反応。
理央は思わず上がってしまいそうになる口角を、手で隠す。
「昨日は戻ってからちゃんと、すぐ寝たの?」
「ね、寝た寝た!すっごい寝た」
間違いなく嘘だろう。なぜなら咲人の目の下には、クマができている。おそらく部屋に帰ってからすベて思い出して、眠れなくなったのだ。それで寝不足になって、保健室送り。まあ大体そんなとこだろう。
とにかく目に見えてわかるほど、咲人は自分を意識してくれていた。その事実に、自分の心が満たされていくのがわかる。
「なんで……なんで理央はそんな普通でいられるんだよ」
咲人は頬を染めてそんなことを呟いた後、また布団の中へ戻って行ってしまった。
愛おしいな、と思う。本当はこういう穏やかな感情だけを、彼に向けていたいのだ。
シャワールームで身支度を終えた後、自分の部屋に戻る。しばらくすると、部屋の扉を控えめにノックする音が聞こえてきて、理央が一番楽しみにしている時間が始まるのだ。
「ん、どうぞ」
「……おじゃまします」
そう言うと咲人は、理央と目も合わさずにそそくさと机に行ってしまう。
咲人は今日ずっとこんな感じで、借りてきた猫みたいだった。そんな彼を観察しつつ、いつも通り今日の復習から勉強を開始する。
しばらく進めていると、咲人が唇をむにむにしながら唸り始めた。これは咲人の可愛い癖だ。
わからないところがあるのかな。声をかけた方がいいかな。でも今、キスしたい。
そう思って、理央は咲人の後ろ髪に手を差し込み、顔を近づける。しかしそれは咲人の手のひらによって遮られた。
「……咲人?」
「俺、しばらく理央とキスしない!」
そう言われた理央は、鳩が豆鉄砲を食らったように固まってしまった。
どうして?自分は彼に何かしてしまったのだろうか。
理央が黙って見つめていると、咲人が口を開いた。
「一人でもう少しちゃんと……考えたいんだ」
咲人はそう告げると、また勉強に戻ってしまった。
考える?一体彼は、何を考えるというのだろうか。
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