33 / 50

第33話 溢れ出した欲望③【理央side】

 恋人同士になるにあたって、咲人から言われたことは二つ。  一つは人前でくっつかないこと。そしてもう一つはなるべく周囲には隠すこと、だった。  咲人がそう望むのであれば仕方ないけれど、理央は別に周囲にバレてもいいと思っていた。  周囲に見せつけた方が咲人に近づく邪魔者も、自分の面倒事も減るからだ。  翌日。眠気に耐えながら登校していると、中庭で咲人の姿を見かけた。  ──また長谷川くんと話してる。  理央があの忠告をしてから、確かに彼からは咲人に近づいていないようだった。だが咲人の方がどうも彼を気に入ったらしく、自分から絡みに行っているところを時々見かける。  咲人は誰とでも仲良くなれるし、人との繋がりを大切にする子だ。  だから理央のことも唯一、咲人だけが見捨てないでくれた。  もちろん、咲人のそういうところも全部含めて好きだけれど。  理央の目線の先では、咲人が彼と距離を詰めて楽しそうに話している。  ──本当に、邪魔だな。  普通の人間ならまだいい。けれど吸血種はだめだ。特に長谷川くんみたいな人。  あの日理央が怒った本当の理由を、咲人はわかってくれていないようだった。    土曜日。理央は毎週末、神崎の家に帰省している。真広に血を貰うためだ。  月ノ宮学園に入ってから、理央の食事はこの週末のみに限られてしまっていた。土曜日までは晴と真広の血を調合した錠剤を飲んで、どうにか飢えを凌いでいる。そして真広もまた、理央のために毎回時間を作ってくれているのだった。  出会った頃、理央は真広のことが苦手だった。でも今では晴と同じくらい、理央の良き理解者となっている。  今日もいつも通り真広の部屋で血を貰った後、二人で近況報告をしていた。 「で、やっと付き合ったんだ」 「まあ……でも咲人が周りに言いたがらないから、面倒なことは減ってないよ」  そう。相変わらず処分に困るほど沢山の手紙を貰っているし、結局中学の頃とあまり変わらない。今は咲人がいるから通えているようなものだ。 「早く吸っちまえよ。もういいだろ?」 「……できないよ。僕がどれだけ咲人の血を求めていたか、真広が一番よく知ってるでしょ?今咲人の血を飲んだら僕は……彼に何をしてしまうか、わからない」 「でも付き合ったって割にはお前、浮かねー顔してんじゃん」 「それはまた、別の理由。咲人には仲の良い人間が沢山いて、僕はそれが嫌で……僕ばかり咲人の周囲に嫉妬してる」 「はぁ……ほんと、いつまで経ってもガキだな。お前は」 「……そうだよ。僕は多分、一生このままだ」 「あーもう、いちいちそうへこむなよ。そんなに嫌なら鎖で繋いどけば?部屋にでも閉じ込めとけばいいじゃん」 「僕はそんなことしない」  咲人には、大切なものが沢山あるから。でも本当は、そうしたいと思ってる。  鎖で繋いで部屋に閉じ込めて、一生自分だけしか見れないようにしてしまいたい。 「でもそいつ、あんまし分かってなくない?ちゃんと調教はした方がいいよ。どっちが上かわからせないと」  そう言うと真広は理央の肩に手を置いて、耳元で悪魔のように囁く。 「逃げられる前に……逃げれなくすればいい」  真広のその言葉に、少し心が揺れるのがわかった。  自分の中に眠っている、いっそ暴力的とも言える咲人への愛。  母を一番近くで見ていたからわかる。あの人は愛に狂わされ、一番愛する人の命を奪い、そして死んだのだ。母は最後、柊を恨んでいただろう。だが同時に、幸福を感じていたかも知れない。本当の意味で、柊を自分のものにできたのだから。  いつか自分も、母と同じになってしまうのではないか。理央は自分が怖かった。  だから咲人の血を飲むのが怖い。もう一度咲人の血を吸ってしまったら、きっとこの欲望は暴走してしまう。  咲人を、咲人の心を大切にしたい。けれど。  此処の所、咲人の首筋を見るたびに、本能が騒ぎ出す。「今すぐ噛みついてしまえ」と。    きっとこの本能を抑えることは、できないのだろう。  いずれ必ず自分は咲人の血を吸うことになる。  でも、今はまだだめだ。せめて月ノ宮(ここ)を出てからじゃないと。  この先の未来に不安を抱えながら、理央は神崎邸を後にした。

ともだちにシェアしよう!