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第35話 溢れ出した欲望⑤【理央side】

 咲人と付き合い始めて一ヶ月が過ぎた頃。  今日は珍しく朝から咲人に会ったので、一緒に登校していた。 「この時間に登校なんて珍しいね。寝坊したの?」 「うん……北見が朝練行ったあと、机で二度寝しちゃって」  教室まで送り届けるも、咲人のクラスには誰の姿も見当たらない。 「一限目ここじゃないんじゃない?」 「……あ、そうだった!移動しなきゃ」  忙しく準備を始める咲人。その首筋から汗が流れていくのが見えた。  理央は後ろから咲人をぎゅっと抱きしめ、準備の邪魔をする。 「ちょ、誰か来るかもしんないだろ」 「誰も来ないよ」  暴れる咲人の首筋から流れた汗を、理央が舐めとった。  「汚いからやめろってば」 「全然汚くない。咲人のだもん」  そう言うと、咲人は呆れたような顔でこちらに振り向いてくれた。 「理央ってなんでそんな俺の……舐めたり飲んだりするの?」 「だめ?」 「だめだ!」 「でも本当は嬉しい?」 「そんなわけないだろ!」  いつものように戯れあっていると、教室に誰かがやってきた。  咲人とよくいる二人だ。咲人を心配して迎えにきたのだろう。   しかし二人は驚いたような表情で、こちらを見つめている。 「先行ってるな」 「さ、先行ってるね」  二人は声を揃えそう言うと、そそくさと立ち去ってしまった。  未だ腕の中にいる咲人が、理央を睨む。 「……理央のせいだかんな!」  そう言って、咲人は二人の背中を追いかけて行った。  やってしまったが、まあいい。自分の気分はまったく悪くないからだ。ただ後で咲人にお詫びをしなければ。そんなことを思いながら、理央も自分の教室へと戻った。    この時、自分は浮かれていた。咲人の隣は居心地が良すぎて、すっかり忘れてしまっていたのだ。  現実はいつだって残酷なのだということを。  四限目の授業が終わり、理央は咲人からのメッセージを開く。  あのあとすぐに、今朝のことを謝った。どうやらあの二人に会話は聞かれていなかったらしい。  咲人のクラスは先ほど体育だったため、着替えるのに少し時間がかかるだろう。  その前に咲人の好きな飲み物でも買っておこうと、理央は自販機へと向かう。  するとそこへ、体育終わりの生徒たちがぞろぞろと帰ってくる。その中に咲人の姿を見つけた。だがその頬には、先ほどまでなかった内出血の痕がある。 「あ、理央。今から着替えるからちょっと待ってて」 「どうしたの?それ」 「んあ、これ?これは俺がヘマして、思いっきりポールにぶつけたんだよ。そんなに酷いのか?」  咲人は自分の頬がどんな状態になっているのかを、わかっていないようだった。 「保健室に行った方がいいよ。おいで」  理央は咲人の手を掴むと、保健室へと繋がる人気のない廊下に出る。  するとどこからか、自分の肌が栗立つほどに濃厚な甘い香りが漂ってきた。  理央の体の内側が、どくどくとおかしな音を立て始める。後ろにいる咲人が、足を止めた。 「あ、なんか口の中切れてるかも──」  その瞬間。理央は咲人の手を掴み上げその体を抱きとめると、素早く唇を塞いだ。  驚いて離れようとする咲人の頭を固定し、舌を口内に潜り込ませる。 「んんっ……んーっ!」  とんとんと空いた方の手で胸を叩かれたが、理央の舌は口内の傷口を辿ることをやめられない。  傷口を何度も何度も舌で刺激して、そこから溢れ出る血液を唾液と一緒に飲み干した。  たった少量を味わうだけでも、自分の細胞が内側から歓喜し陶酔していくのがわかる。 「う……」  咲人の体から、力が抜けていく。それに気づいた理央が慌てて唇を離すと、咲人の体はずるりと理央の胸に倒れ込んだ。 「……っ、咲人!」 「はぁっ……はぁっ……」 「ごめん、僕は、なんてことを……」  自分がしてしまったことが信じられなくて、理央は口を押さえ動揺する。  「はぁっ……大丈夫、理央、大丈夫だから……」  咲人はそう言って、理央のことを抱きしめた。  たった今飲み込んだ少量の血で、全身の細胞が目覚めてしまったのが分かる。  四年ぶりに味わった咲人の血は、酷く甘い罪の味がした。

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