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第39話 重ならない思い①
愛しい人の腕の中で与えられた痛みは、ひたすらに甘く、苦しくて。
それはまるでどろりと溶けた、甘い甘いチョコレートの中へ溺れていくような感覚だった。
夏休みが明けて一番初めの授業は、どこか気だるい雰囲気を纏って進んでいる。
例に漏れず咲人も、この夏休みにあった出来事を思い返していた。
ふと、視界に入った自分の手首を見つめる。そこには、首筋と同じように包帯が巻かれている。
夏祭りの日。理央に血を吸われて、最後までしてしまった。
その後は理央も自分も帰省することなく、残りの期間も生徒の少なくなった寮で朝から晩まで一緒に過ごした。
いつもよりも静かな学園内で理央と過ごした期間は、かつてないほどに濃厚な時間だったと思う。
今の自分は間違いなく幸せ、だけれど。
「綾瀬くんおはよう。ど……どーしたの?それ」
久しぶりに会った高山は、咲人のことを見るなりぎょっとした表情をみせた。
「俺も何日か前に寮に戻ってきてさ、綾瀬見た時はびっくりしたよ」
「あはは……そう、これは階段から盛大に落ちちゃって……」
現在、咲人の体には至る所に包帯やらガーゼやらが貼られている。
傍から見ればそれはまるで、夏休み中に大きな事故に巻き込まれたかのような風貌だ。
ただでさえ首の包帯だけでも目立つのに、こんなガーゼばかり貼り付けていてはさすがに不審すぎるだろう。
──理央に一度、相談してみようかな
そんな風に理央のことを考えていたら、ふと、昨晩噛まれた時のことを思い出した。その瞬間、咲人の体が熱を持ち始める。
──やめろ、思い出すな。
冷房のよく効いた教室内で、不自然に火照った頬を必死に隠す。
理央に血を吸ってもらえたあの日から、自分たちはほとんど毎晩、している。
その日の夜。早々に課題を終わらせて、ノートを閉じた瞬間。
すぐ側で香ってくる、シャンプーの匂い。
「咲人」
隣を見れば、理央が手を広げて待っていた。
咲人はいつものように、理央の上に跨って座る。するとすぐに背中へ腕が回ってきて、理央の顔がお腹の辺りにうずめられた。
「学校、始まっちゃったね」
疲れた、というように頭を擦り付けてくる理央。風呂上がりで常よりも色濃くなっている理央の髪の毛が、動きに合わせて揺れる。咲人はその頭を抱きしめ、さらさらとした髪の感触を、指先で味わう。
「朝、ちゃんと起きれたか?」
「うん……なんとか」
理央は見た目に似合わず、朝起きることがとても苦手だ。なので咲人はいつも、理央がきちんと登校しているかが心配だった。そういうところが可愛いんだよな、なんて。惚れた弱みだ。
しばらく理央を抱きしめていると、シャツの背中辺りをぎゅっと掴まれた。
「お腹、すいた。いつもより多く貰ってもいい?」
「あ……うん」
咲人が頷くと、理央の唇が首筋に寄せられ──
「り、理央!ちょっと待って」
肩に置いた手をぐっと伸ばし、理央から距離をとる。
「今日はその……痛く、して欲しい」
咲人がそう言うと、理央は不思議そうな顔をした。
自分でも、変なことを言っている自覚はある。でも。
再び血を吸われた日からずっと、怖いのだ。理央が怖いのではなくて、血を吸われてあんな風になってしまう、自分自身が。理央の牙が刺さった瞬間、快感の波にのみ込まれてしまうような、そんな感覚。授業中もあの感覚を思い出すと、集中できなくなってしまう。
「痛い方がいいなんて、咲人は珍しい子だね」
「そう……なのか?」
確かに、痛いのと気持ちいいのだったら、後者の方が絶対いいのだろう。
でも自分は、大好きな理央の前であんな風になってしまうのが、嫌なのだ。
「まあでも、僕はどちらでも構わないから。咲人の好きな方で噛んであげる」
「そうしてもらえると助かる」
「じゃあどれくらいがちょうど良いのか、確認するね」
理央はそう言うと、咲人の首に巻かれている包帯を解いた。
改まると、なんだか自分がとんでもないお願いをしているような気がして、恥ずかしくなる。
咲人の首が完全に晒されると、理央はそこへ消毒を施すかのように、舌で位置を確かめた。
「ここ、噛むよ?」
咲人が頷いたのを確認すると、理央はいつもよりも素早く牙を沈めた。
「っ……!」
肌を突き破られるその感覚は、息を呑むほどに、痛い。
しかしすぐにお腹の奥が、ぞわぞわとしてくる感覚。だめだ、これではまだ足りない。
「理、央っ、もう少し、強く……っ」
噛んで、という言葉は続かなかった。すぐに強烈な痛みが襲ってきたからだ。
久しぶりに感じるこの痛みが、蘇る記憶が、咲人の全身を支配する。
痛くて、苦しくて、自然に涙がこぼれ落ちてしまう。それでもこの痛みに対して、咲人が声を上げることはない。
それは体に染みついた、「理央の痛みを享受する」という幼い頃に決めたルールがあるからだ。
声を漏らさないよう必死に耐えていると、理央は満足したのか、首筋から牙が抜かれていった。
「ん……どうだった?」
「はぁっ……はぁっ……」
もの凄く、痛かった。涙が止まらなくなるくらいには。確かに理央は、咲人が望んだ通りの痛みを与えてくれた。それなのに。
咲人の下半身は痛いくらいに勃ち上がり、反応していた。
恥ずかしくて、咲人の瞳からまた一つ涙がこぼれる。
信じられない。恥ずかしい。これでは、自分は本当に物好きな奴みたいじゃないか。
すると理央が視線を落とそうとしたので、咲人は理央に抱きついてそれを必死に隠す。
「だめ……っ、みるな」
咲人のこの反応で、何を隠そうとしているのかはもう明白だろう。
「いいよ、隠さなくても」
そう言われ、優しく、あやすように後ろ髪を撫でられる。
咲人の尻の下にはいつの間にか、硬く反応した理央のものがあたっていた。
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