41 / 50

第41話 重ならない思い③

 授業終わりの小休憩。咲人の机には、いつものメンバーが揃っていた。 「で、どうする?俺的にはしっかり調べたいんだよね」  昨日、日本史の授業で『その土地の風土や歴史を調べる』という課題が出たのだ。  北見と高山は授業に熱心に取り組むタイプなので、咲人もこれに倣う。 「この際だし、明日行ってみる?現地まで」 「あ、それいいかも!楽しそう」 「僕も明日ならちょうど空いてるよ」  北見のこの発言で、咲人たち三人は明日、現地調査に向かうことになった。  月ノ宮に入ってからなかなか友人と遠出する機会もなかったので、課題が目的とは言え、咲人の胸が高鳴る。  ──明日、か。理央にも言っとかないとな。  咲人の血を飲み出してから、理央の毎週末の帰省はなくなった。  今まで家の用事だと言われていたが、実際は血を摂取するために毎回帰省していたのだという。そして義兄弟に血を貰っていたという事も、咲人はきちんと聞かされている。  明日は帰宅が遅い時間になってしまうので夜は会えないが、朝行く前に理央のところへ顔を出せば、食事は問題ないだろう。理央に何か、お土産を買って帰ろうか。そして今度は理央を誘って、二人で行けたらいいな。  咲人はそんな風に明日のことを、楽観視していた。    その日の夜。理央の部屋で勉強会を終えた咲人は、帰る準備をしていた。  屈んで靴を履きながら、後ろにいる理央へと声をかける。 「明日さ、北見たちとちょっと出かけてくるよ」 「どこに?」 「静岡の方。日本史の課題で用があって」  靴を履き終え、理央の方へ振り返ろうとしたところで、後ろから抱きしめられた。 「ちょっ、危ないだろ。なんだよもう」 「いなくなるなんて、聞いてない」 「いなくなるって……別に、たった一日だよ。夜には戻るし。つい最近まで、週末はいつも離れてただろ?」  お腹に回る理央の手を外すために、咲人は自分の手のひらを優しくそこへ重ねる。 「理央ほら、離して」  理央の手は、震えていた。明日一緒に過ごせないことが、そんなに嫌なのだろうか。  咲人は後ろへ手を伸ばし、自分の肩にうずめられたその頭をあやすように撫でた。 「寮についたら、ちゃんと連絡するから。それまで待っててよ」  何度か理央の頭を撫でる。しばらくしてから、その拘束は名残惜しむように解かれた。  未だ俯いたままの理央が気になったが、点呼の時間が迫っていたため、咲人は後ろ髪を引かれながらも理央の部屋を後にした。    翌朝。北見に声をかけて、少し早めに部屋を出た。そして今、咲人は理央の部屋の前まで来ていた。  いつもの様に、その扉を数回ノックする。しかし何の反応もない。朝早い時間だし、もしかしたら理央はまだ寝ているのかも。そう思った咲人は、理央に電話をかけた。耳元で鳴り続けるコール音。通話に変わる気配はない。  このままでは埒が明かないので、咲人は自分でロックを解除して理央の部屋へ入ることにした。あらかじめ暗証番号は教えてもらっていたが、実際に解除するのは初めてだ。理央に申し訳なく思いながらも咲人は番号を打ち込み、その扉を開けた。 「理央、寝てるのか?」  そう声をかけながら、廊下を進む。  部屋の入り口に差し掛かった瞬間、ベッドに寄りかかる様にして倒れている理央の姿を見つけた。 「っ……理央!」  名前を呼びかけその体を揺するも、閉じられた瞼は開かない。胸に耳を当てた後、手首の脈を測る。  特に問題はなく眠っているだけの様にも思えたが、側に落ちていた薬瓶を目にして、咲人は息を呑む。 「理央!起きて、理央っ」  咲人の呼びかけに、ようやく理央が目を覚ます。その視線が少し彷徨った後、咲人の姿を捉えた。 「さきと……」 「理央これ、なんの薬?いっぱい飲んだの?」 「家族が、くれた薬……ぜんぶ、飲んだ」  過剰摂取(オーバードーズ)だ。理央の症状は、明らかにその副作用から来ていた。 「なんで……なんでそんなことしたんだよ」 「咲人と離れるのが不安で、気づいたら……ごめん」  理央が咲人のシャツをゆるく、掴んだ。だがうまく力が入らないのか、その手は床に落ちてしまう。それを見た咲人は、理央の背中に手を回した。 「病院に行かなきゃ……立てそう?」 「……だめ、行けない。これは世に出回ってない、僕だけの薬だから」  それなら、なおさら診てもらわないとだめなやつじゃないか。  咲人は震える手で、携帯を取り出す。しかしそれを理央に拒まれた。 「真広に、連絡するから」 「真広?」 「神崎の……僕の、兄弟」  理央はそう言うと、咲人に自分の携帯を手渡した。履歴の一番上にその名前を見つけて、咲人は迷わずコールボタンを押す。すると数秒もしないうちに、通話へと変わった。 『なんだよ、こんな朝早くから』 「真広……さんですか?あの俺、理央の友達の、綾瀬咲人って言います」 『……ああ、お前が咲人か。なに、あいつまたなんかやらかした?』 「えっと、理央が薬を……白い、薬瓶に入った錠剤を、沢山飲んじゃって」 『バカだなあいつ。まだそんなことしてんのか』  電話の向こうで、深くため息をつく音がする。この反応はもしかして、今回が初めてじゃないのだろうか。 「どうしたら、いいですか?病院には行かないって言ってて……」 『あー、そうだな。まあ、行かない方がいい。それ、一時的なものだから。しばらく安静にしてれば治るはず』 「ほんと……ですか?絶対に絶対に大丈夫ですか?」 『ああ。ただ、お前は側を離れるなよ。お前が離れたらあいつはまた、同じことをする』 「……わかりました」  真広に礼を言って、電話を切る。その様子を見ていた理央は、不安そうに口を開く。 「……呆れた?」 「大丈夫だよ」 「嫌いに、なった?」 「ならない。理央、ベッドで横になろう?」  そう促すと、理央は大人しく横になってくれた。それを確認した後、咲人は携帯を片手に立ち上がる。 「行かないで、咲人」  すぐに腕を掴まれ、咲人はそこにとどまった。理央は不安そうに、こちらを見つめている。 「違うよ、少し電話してくるだけだから」  理央の手を優しく包み落ち着かせると、咲人は玄関へ行き電話をかけた。 「……北見?ごめん、連絡遅くなって」 『いや、帰ってこないから心配してた。大丈夫か?』 「うん、俺は大丈夫なんだけど……理央がな、体調崩しちゃってて』 『そうだったのか。神崎平気なの?』 「うん。でも一応心配だから、今日は一緒にいようかなって。……ごめん」 『いいって!綾瀬の分まで俺らがちゃんと見てくるよ』 「ありがとう。じゃあ、またあとで」  そう言って電話を切ると、すぐさま後ろから抱きしめられた。 「寝ててって言っただろ」  ずっと、会話を聞いていたのだろう。理央は力強く咲人のこと抱きしめてくる。 「ほら、俺も一緒に寝てやるから。今日は一日、安静だかんな?」  部屋に戻り、二人でベッドへ横になる。お腹に理央の手が回ってきて、胸元に顔をうずめられた。 「咲人、好きだよ……好き。大好き」 「……うん。俺も理央のこと、好きだから」  理央のことを抱きしめながら、先ほど電話に出てくれた理央の兄弟のことを思い返す。無愛想ではあったが、理央のことを心配してくれていた。咲人は自分の胸元で静かに眠っている、あどけない寝顔を見つめる。  ──俺と離れてる間、理央が一人じゃなくて良かった。  自分のせいで、理央が過剰摂取した。その事実は咲人の中で、重い重い枷となってゆく。

ともだちにシェアしよう!