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第44話 重ならない思い⑥

 理央との関係が、良くない方へ向かっている。  薄々気づいてはいたが、理央は咲人への執着心を隠さないようになってきていた。そしてこの、自分の体。  最近はあの瞳に見つめられただけで、体が熱を持った様に疼き始めるのだ。    理央は咲人のことをたまに、恋人というよりも、所有物のように扱う時がある。  自分は別に、それでもいいと思っていた。この間の理央は少し怖かったけれど、理央の隣は咲人が一番安心できる場所なのだ。理央から受ける拘束は甘いチョコレートみたいで、たまに苦しい時もあるけれど、そこから逃れたいなんて決して思わない。けれど。    今の生活は、子どもの頃に思い描いていたような日々ではない。自分はただ、理央と楽しく過ごせれば良いと思っていた。  再び血を吸われるまで、理央はあんなじゃなかった。勉強をして、たまに触れ合って。少し前までは、穏やかな毎日を過ごせていたのに。 ──もしかして俺の血が……理央をあんな風にしたのか?    寮の玄関を出ようとしたところで、管理室にいたおじさんに声をかけられた。 「あ、綾瀬くん。君に手紙が届いてるよ」  手紙。今年帰省しなかったから、家族からだろうか。 「なんかね、海外からなんだよ。ほらこれ」  そう言って手渡された一通のエアメール。  そこに書かれた名前に、咲人は見覚えがない。だがその苗字は、咲人がよく知るものだった。  週末。咲人は駅前のカフェにいた。ここへ来た目的は、とある人物と会うためだ。  少し緊張しながらも店の扉を開ける。すると、店内にいる一人の青年と目が合った。直感ですぐに、その人だと分かる。 「晴さん、ですか?」 「はい。良かった、来てもらえて」  ふわりと笑った彼は、とても優しそうな雰囲気をしていた。  体型は咲人と同じくらいだが、落ち着いていて、あまり年下のようには見えない。 「突然手紙で呼び出してしまって、すみません」 「いや……最初はびっくりしましたけど、理央の義弟(おとうと)だって書いてあったので」 「敬語じゃなくていいですよ、僕の方が年下なので。もっと気楽にしてください」 「あ……うん。分かった」  届いた紅茶を一口含む。目の前に座っている彼の表情が、真剣なものに変わった。 「いきなり本題で、すみません。理央があの薬を大量に服用したと聞いた日から、理央と連絡が取れていなくて」 「え……そうなんですか?」 「多分、僕の忠告を破ったから、避けられてるんです。あの薬、決して体にいいものではないから」  いいものではない?そんなこと、理央は一言も言っていなかった。 「この間は一時的に寝込むだけで済んだかもしれないけど……癖になったらきっと、大変なことになる」 「そんな……理央はそんなこと、何も」 「一度だけ、オーストラリアで同じように倒れたことがあるんです。僕が長く家を開けた時に、理央は精神的に不安定になってしまったみたいで」  やっぱり、理央はあれが初めてではなかったのだ。  あの薬は今も、理央の手元にある。咲人の胸が、早鐘を打ち始めた。 「吸血種にとって、好きな人の血は麻薬と同じなんです。理央はずっと我慢していて、きっとその反動で今……真広は好きにさせとけって言うけど、僕はそう思わない」  そう言うと彼は、まっすぐと咲人の目を見つめてきた。 「理央が今まであなたの血を吸わなかったのは、あなたを守っていたからなんです。理央はそれくらいあなたのことを、大切に思ってる。でも……理央の中にはそれと同じくらい、大きな闇がある。だからどうかあなたが理央を、止めてあげてください」  晴は咲人にそう告げると、頭を下げた。  この人はきっと、とても家族思いな人だ。真広さんと同じように、理央のことを大切に思ってくれている。    咲人も彼に頭を下げ、カフェを後にした。  

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