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第46話 重ならない思い⑧※
翌日。咲人は重たい腰を上げて、自分の部屋の荷物をまとめていた。理央の部屋に移るためだ。
今朝、目を覚ますと咲人は理央の腕の中にいた。結局あのまま気を失ってしまい、理央の部屋から帰ることができなかったのだ。荷物をまとめながら、初めてこの部屋に来た時のことを思い返す。
──あの時は確か、理央がいないってわかってすぐの時で、絶望してたんだっけ。
季節はまだ一周していないのに、とても遠い日のことのように思えた。今はあの時と違って、咲人の隣には理央がいる。それはこれ以上ないほどに幸せなことなはずだ。それなのに。咲人の心は、ここへ来た日よりもずっと暗く、重かった。
すべての荷物をまとめ終え、自分の荷物が少なくなった部屋で軽く伸びをする。
「いっ……」
昨日の今日だ。当然、腰に痛みが走った。この重たい段ボールを運ぶのは憂鬱だな、と思う。そこへ見計らったように、部屋の扉が開かれる。理央だった。
「咲人、荷物は僕が運ぶから」
「……ありがと」
そうして二人で部屋を出ようとしたところで、部活終わりの北見が戻ってきた。
北見は理央の顔を見た後、咲人の方に視線を向ける。
「あ……北見、その」
「うん。先生から話は聞いた」
北見のその言葉に、咲人の胸がずきんと痛む。
北見や高山、そして他の生徒たちのいる場所から、自分だけが遠く突き放されたようだった。
咲人の表情を見て何かを察したのか、北見はいつもの明るい表情で、咲人に笑いかける。
「部屋は離れるけど、これからも普通に仲良くしような!なんかあったらいつでも頼れよ?俺でも、高山でもいいし。俺らは友達なんだから」
「……っありがとう」
北見の優しさに、咲人は初めて会った時のように、泣きそうになってしまう。
そんな咲人のことを北見から隠すように、理央の体が割って入る。
「咲人、行くよ?」
「うん……」
北見と別れ、咲人は理央の後ろをついていく。前を歩く背中を見つめながら、咲人は思う。
果たしてこれは、自分たちにとって良い選択だったのだろうか、と。
理央の部屋に移ってから数日が経った頃。
制服に着替え、玄関を出ようとしたところで隅に置かれたものに気づく。
それは袋に纏められた、弓道着だった。同じく後ろからやってきた制服姿の理央に、声を掛ける。
「弓道着、新しいのに変えるのか?」
そう言って咲人が袋を指差すと、理央は納得したように答えた。
「ああ、それは明日捨てるやつ。もう必要の無いものだから」
「今日の分はちゃんと持ったのか?」
「持ってないよ。部活はもう辞めたから」
なんてことないように、理央はそう言った。
「辞めたって……弓道部を辞めたのか?」
「正確には休部かな。僕は辞めたかったんだけど、顧問に引き止められて」
咲人の背中に、冷や汗が出始める。
「元々、咲人に会えない寂しさを紛らわすために始めたことだったんだ。でも今はもう咲人がいるし、僕には必要ないよ」
理央はそう言うと、咲人のことを抱きしめた。
「僕と過ごせる時間が増えて、咲人も嬉しいでしょ?」
「こんな……嬉しくないよ。理央、どうしちゃったんだよ。あんなに頑張ってたじゃないか」
「嬉しくないの?一緒に勉強する時間だって、今より増やせるよ?」
咲人の体を抱きしめている腕に、力が込められる。
──全部、俺のせいだ。俺が理央を周りから一人にしてるんだ。
「理央、俺やっぱり……自分の寮に戻るよ」
「……どうして?」
「だってこれじゃ、理央のためになんないよ」
「また僕のため?咲人は何もわかってないね」
腕を掴まれ、部屋へと引き戻される。次いで、咲人の体が乱暴にベッドの上へ投げ出された。
理央が、ブレザーを脱いだ。身の危険を感じた咲人は、うつ伏せの体勢で逃げようとする。
だがすぐに理央に足を掴まれ、引き戻されてしまう。上から理央にのし掛かられ、完全に逃げ場のない状態になった。
「僕は君以外いらない。君さえいれば良いんだ」
ギリギリと手首を掴まれ、咲人は痛みに顔を歪める。
「だめだよ、理央……俺はお前と──」
「黙って」
「っ……!」
理央の指が、咲人の口を塞いだ。そのまま指先で何度も喉奥を刺激され、うつ伏せの状態で咲人は悶え、苦しむ。
「んんっ、ん」
苦しくて、涙がこぼれた。それでも、理央に散々暴かれてきた咲人の体は、この苦しみにさえも快感を覚えてしまう。理央の指が口淫を思わせるような動きに変わると、咲人はその指に歯を立てぬよう自然と口を窄める。ちゅぷちゅぷと理央の指を舐めながら、咲人の思考が溶かされていく。服従の姿勢を見せた咲人の様子に理央はうっとりと微笑むと、目の前の包帯に手をかけた。
「あ……」
首筋を引き寄せる様に、咲人の顎に手が添えられる。そして、理央の牙がゆっくりと、咲人の柔らかな肌に沈められていく。溢れ出した咲人の血液。理央はそれを啜ると同時に、咲人の舌を押し込む様に、指先に力を込めた。血を啜られながら喉奥を刺激された瞬間、咲人の意識はふわりと一瞬どこかへ飛んだ。力の抜けた体が、ベッドに沈む。気づいた時には既に吐精してしまっていて、衣服の中は吐き出したものでぐっしょりと濡れていた。
咲人が放心している間に、体をひっくり返され、理央の手によって制服が乱されてゆく。セーターを脱がされた後、シャツの上から胸の先を摘まれる。
「いっ……やだ、離して」
咲人の胸の先は既にぷっくりとしていて、そこへ理央が顔を寄せ、服の上から口に含んだ。吸われ、舌先で刺激するように触れられる。
「あ、んっ……あああ!」
突然の痛みに、咲人は声を上げた。
淡い胸の周りを、理央が噛んだのだ。シャツには血が滲み出していて、それがどれほどの痛みだったのかを物語っている。
「理央ぉ、痛いよぉ……」
ぼろぼろと、みっともなく涙が溢れる。
「痛かった?ごめんね?でも、咲人がいけないんだよ」
理央は咲人の頬を撫でながら、「わかるよね?」とまるで泣いている子どもをあやすように話しかけてくる。大量の涙で濡れた咲人の顔を見て、理央はうっとりと笑っていた。
唇を食まれ、口を開けるように促される。素直に口を開くと、それを褒めるように、口内の感じるところを舌先で何度も何度も擦られた。
口の中に広がる自分の血の味に、未だ慣れることはできない。しかし咲人は顔を歪めながらも、従順に理央の舌を受け入れる。
下着を取り払われ、いつもよりも乱暴に理央の指が入ってくる。揃えた指で咲人の中を拡げるように動かされ、普段の理央がどれだけ丁寧に触れてくれていたのかを感じてしまう。胸が痛くて苦しくて、咲人が息を吐いたところで理央のものが性急に押し入ってきた。
「あっ、ああ……っ」
普段とは違う感覚が怖くて、咲人は自ら手を伸ばし、理央の手を握る。すると理央は傷ついたような表情を見せた後、咲人の手をぎゅっと握り返してきた。
辛いの?もしかして理央も、苦しんでいるの?心の中で必死にそう、問いかける。
咲人はどこまでも健気に、理央の愛情を求めていた。だが咲人の中が馴染むのを待たずに、理央は腰を揺らし始める。
「あっ、やっ、ああ、あっ」
腰の動きはいつもよりも乱暴で、痛くて、苦しい。でも、どうしようもなく気持ちよかった。感情とは違う反応を見せてしまう自分の体が、怖い。それでも今はただ、理央から与えられる快楽を受け入れるしかなかった。体を揺らされながら、勃ち上がった自分のものを一緒に擦られる。
「ああっ、や、いっちゃう、から……っ」
ぐり、と先端を擦られ、咲人は果ててしまう。理央も息を乱しながら、咲人の中へ果てた。
何度か中で擦り付けられた後、理央が自分のものを抜き去る。しばらくしてから、お腹の奥に注がれた白濁がごぽりと溢れ出し、シーツに垂れた。
ベッドに全身を預け息を整えていると、未だ緩く勃ち上がった咲人のものへ理央が触れた。
「や……いま、触っちゃ、だめ」
理央の腕を掴んで止めようとするも、そこを握られ、吐精を促すように動かされてしまう。
「だめ、やっ、ああっ、離してっ」
咲人の言葉は無視されたまま、上下に動く手の動きは無常にも止まらない。
するとお腹の奥から常とは違う嫌な感覚がしてきて、咲人は掴んでいた手に必死に力をこめる。
「だめ、なんか、出る、出ちゃ、う……っ、あああっ!」
刺激され続けた咲人の先端から、勢いよく透明な液体が吹き出した。それが咲人の肌を濡らし、ぽたぽたと肌を伝ってシーツに落ちていく。
無理やり性感を引き出された咲人の体は、びくびくと震えが止まらない。その様子を、理央はじっと見つめていた。
「あ……」
理央が興奮しているのが、わかった。掴まれたままの太ももに、ぎりぎりと力が込められていく。
咲人は理央の意図を察し、その恐怖に何度も何度も首を振る。
「や……理央、お願い……やめっ……ああっ」
制止は聞き入れられるはずもなく、再び理央のものを入れられた。理央が腰を打ち付けるたび、咲人の屹立からはプシュッと潮が吹き出している。暴力的な快楽に、咲人はただ意味を成さない言葉を発することしか出来ない。
「凄い、咲人、可愛いどうしよう」
「あっ、ああっ、止まっ、止まって」
理央にはもう、何も聞こえていないようだった。咲人の声が、言葉が、理央の心に届かない。
快楽や痛みから溢れるものとは違う、理央を思う咲人の哀しみが、一筋の涙となってこぼれた。
──理央……俺はただお前と、笑ってたいだけなのに。
真っ白だったシーツが、二人の体液と咲人の血液で汚されていく。
お腹の最も深いところで、理央が果てるのを感じた。その瞬間、昔から大好きだった理央のペールブルーの淡い瞳を見つめる。その瞳にはもう、自分は映っていなかった。
「咲人、僕とずっと一緒にいてね」
どこまでも深く、光の届かない暗闇の中へ。
咲人は理央に手を取られながら、沈んでゆく。
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