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第5話 発情*
資料室の匂いは、まるで濃霧のようにさっきよりも酷くなっている。
荒い呼吸の音が静かな室内に響いている。
Ωの男は下着ごとズボンをずらしその手は下半身に延びていた。
「ぁ…あぁ……」
窓からさす月明かりに照らされた男の尻が揺れている。
自身の性器を自分で手淫しているのだろう。普段ならば決して見たくはないはずの男のそれから梶は目が離せない。これもきっとΩのフェロモンの影響だろう。
「抑制剤を持ってきた」
錠剤を取り出しながら梶は声をかけた。
男の体が瞬時に固まった。行為に夢中になっていたせいで、梶の入室に気がついていなかったようだ。
一瞬男の体が硬直したように見えた。
「っ…みっ、見るな、見ないで」
恥ずかしさのあまり下半身を必死に隠そうとして腰を折り曲げる。彼はなけなしの羞恥心を搔き集め顔を隠そうと床に突っ伏した。
「暗くて何も見えない…」
梶はできるだけ安心させようと努めて穏やかにいう。
「……汚いから…こっちに…こないで…」
今にも泣き出しそうな声。彼の頼りない懇願に庇護欲が掻き立てられる。
置いてあったのだろうスマホのライトが天井に反射して、その光が微かに震える彼の青白い背中を映し出す。
それは幻想的でとても美しく、色欲を刺激し、なまめかしかった。
意識していることを悟られまいと、梶は躊躇せず彼のそばへ歩みよった。
「大丈夫だ、別に恥ずかしいことじゃない。発情期の生理現象みたいなものだろう」
平然な態度で、気にしていない風を装った。
しかし彼の発するフェロモンの影響のせいで、言葉とは裏腹に、下腹部が熱くなり、もう梶の下半身は確かに反応し始めていた。
背筋をじっとりとした汗がつたう。
大丈夫でないのは自分の方かもしれないと思えた。
「あんた…ア、アルファだろ……近づ……くな」
Ωのフェロモンを感じるように、彼もまた梶から発せられるαの匂いに反応し、おびえ、身構えている。
気にせず梶は彼の顎を持ち上げ、半ば強引に口の中に錠剤を押し込んだ。
Ωには近づくなという小野田の助言は、完全に頭の中から吹き飛んでいた。
「しゃべるな。吐くなよ……呑み込め」
薬は口の中に留まってしまい、呑み込めていないようだ。ペットボトルの蓋を開け口に流し込もうとするが、水はだらだらと零れてしまう。
溢れるその水滴さえも甘いカクテルの様に芳しい。
迷わず梶はペットボトルの補水液を口に含んだ。
そして口移しで彼の喉へ流し込んだ。
ごくりと喉を通る音がする。
しなやかな首筋の艶美さがぐっと強調される。女にはない喉仏が上下する様が、やけに肉感的だ。
その瞬間、梶の中の理性が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
もう遅かった。
もっと匂いを嗅ぎたい。
男の全身を舐めまわしたい。そんな欲求が溢れてきて、彼の顎を片方の手で掴むように持ち上げると、形の整った薄い唇に喰らいついた。
甘く官能的な口づけではなく貪り食うような獰猛な口づけだ。固く閉ざされた唇を舌でこじ開け口内を犯した。
甘い唾液が滴り落ちる。
梶はそれをすべて舌で吸い取っていく。
彼は涙で潤んだ目で梶を睨みながら、ほっそりとした肩から延びる手で梶のシャツを掴んだ。
だが次の瞬間には突き放す様に押し返そうとする。
「嫌だ、イヤダイヤダ…っ…んんっ…ん…嫌だ!」
深く舌を絡め、梶は角度を変えながら唇を押し付ける。
「わるい…もう止められない」
彼の首筋から顎にかけ吸い付きながら舌を這わした。
改めて見ると非常に美しいΩだった。
長いまつ毛、こげ茶色の瞳、透き通るように白い肌、上品な唇。
社内にこんな美しいΩがいたなんて梶は知らなかった。
床に仰向けにさせて四つん這いで彼に覆いかぶさる。シャツをたくし上げ抑え込み乳首を摘み、押し込み、引っ張り、捻り上げる。
男の乳首だとは思えない程それはピンク色で、ツンと固くなったその頂きは可愛らしく、噛みつきたくなるほど美味しそうだ。
「んっ! いやだ、ちょ、待って、乳首イヤダイヤダァァァ!」
彼は梶の腕を掴んで抵抗しようと頑張っているが、体格差があるから無駄な足掻きだ。
梶は涙を唇で吸い取り、舌を使って口腔内を数往復させた。
「今からお前を抱くぞ」
彼の硬くなったモノに指を絡め、愛液を擦り付けるように上下に扱く。
敏感になった亀頭を撫で、カリを引っ掻き、太腿の付け根に熱い塊を集めていく。
「同意がなかったら、き、きょ!強制性交罪が成立する!……うっ…」
彼の吐く息が熱い。
「心神喪失・抗拒不能の状態を利用する場合が準強制性交等の罪にと…わ…れ…アッ……クソっ…」
身体の反応とは裏腹に彼は必死になって涙声で抵抗する。
やけに法律用語が出てくるなとは思ったが、梶も引けない。引く気はまったくなかった。
指の動きを早めると、ぐちゅぐちゅと淫らな水音が響き、彼の腰が跳ねる。
「どんどん出てきてるよ。同意はないの?」
同意したか、同意があったかどうかということより。もうこういう密室の場合は同意がなかったことを証明をするのが難しい。
それ故Ωのとくに男性は性犯罪に巻き込まれても泣き寝入りしてしまう。
そもそもそ梶はういう理不尽から人を守りたくて弁護士になったんだ。
だけど確信があった。梶の本能がそう告げていた。
これは完全に同意がある行為だ。
その素肌に触れれば一発で分かるという。
他のも者では感じ得ない、まるで磁石のN極とS極のようにぴたりと合わさる感覚。
電流が体を突き抜け五感が研ぎ澄まされ。その相手に出会うと、Ωに関しては抑制剤の効き目が鈍くなり、その逆の効果が表れるという。
魂が言っている。
そう彼は、梶の『運命の番』に違いないということを。
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