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第14話 甲種か乙種か
土曜日の朝10時、悠里はお台場にある梶さんのマンションに来ていた。
昨夜はあまり眠れなかった。
ここ2年間は夜間のアルバイトをしていたので、昼夜逆転の生活だった。
けれど眠れなかった一番の理由は、今日のテストが心配だったからだ。αの人の家にお邪魔するのも初めてだった。
失礼がないように服装まで気を使って、できるだけ清潔感のあるシャツと黒のタイトなパンツをはいてきた。謝罪の意味もこめて手土産に『とらいやの羊羹』も持ってきた。
準備万端、付け入られる隙を作らないよう注意した。
玄関のドアを開けた梶さんは、普段のスーツ姿ではなくシンプルな部屋着だった。
手土産も「ありがとう」と受け取ってもらえた。
書斎に使っているらしい部屋に通された。
向かい合わせた本棚の間に天板を渡す形のシンプルな机が窓際にあった。
本棚に書籍は並べられておらず、棚は空っぽで、あまり使われてないようだった。
2時間もあるから、喉が乾いたら飲んでとペットボトルの水を渡された。
「それでは、これから120分テストを受けてもらう。難しいかもしれないが、過去問を参考に作ってあるので日頃から勉強していれば問題なく解けるだろう。最後に小論文があるから、その時間配分も考えて解くように」
「始めていいか」と聞かれ、悠里は頷いた
梶さんが試験官をするらしい。本番さながら緊張してきた。難しいかもしれないと前置かれたら尚更だ。
時計の時刻を確認してテストの問題用紙をめくった。
問題文を見て驚いた。一瞬僕がフリーズしたのが分かったのか、こちらの様子を伺う梶さんの視線を感じた。
……これは、違うだろうと思った。
テストが間違っている。
これはΩ専門法務士乙種のテスト問題だ。僕が目指しているのは甲種だ。
乙種で合格率が20%、甲種は3~4%前後、乙種の資格を取ってから甲種を受けるのが世間では一般的だが、悠里は甲種で受験するつもりだった。
そもそも甲種か乙種かを梶さんに言っていなかった。
言おうかどうしようか迷ったが、とにかく問題を解いていった。
乙種の試験問題なんだから悠里には簡単だった。
一時間ほどで全て解けた。残りの時間を小論文に使った。
多分全問正解している。最後の論文で減点されるかどうかだなと思った。
答案用紙を見ながら梶さんは質問してきた。
「どれくらいの期間勉強してきたの?」
「法務士の資格試験の勉強は2年半ほどしてきました」
Ω専の勉強は2年半だが、母が亡くなってすぐ高卒認定試験の勉強と法律の勉強を同じ時期に始めていた。18才の時、学力は国立大学を受験できるレベルにあった。でも金がなかった。だから大学へは行かなかった。ただそれだけだ。
『予備校には通ってないのか、独学で学んだのか、他にもいろんな資格試験があるけど受けようとは思わなかったのか、なぜ法務士にしたのか』矢継ぎ早に質問が飛んできた。
詳しく説明する義理もないし、父親に対する恨みと憎しみからαを見返したくて法曹になろうと思ったとはいいづらい。
適当に質問に答え、言いたくないことはごまかした。
「まさかとは思ったが、甲種か……」
梶さんは答案用紙を返しながら、小論文で-2点あとは全問正解だといった。
-2点は可愛げが足りないから、と付け足した。
小論文に可愛げを求められるなんて聞いたことがない。くだらないと思って持ってきたリュックを背負った。
本番まであと2か月を切っている。アルバイトも全て休ませてもらって試験に向けての環境を整えた。後は全力で頑張るしかない。
とにかく早く家に帰って勉強したかった。新しい参考書も電子書籍で購入するつもりだ。
「甲種は乙種に比べて段違いで難しい。乙種とは比にならない。司法試験に合格した者でも落ちてる者も多い」
悠里が自分の荷物を引き寄せる様子を横目で見、梶さんは顎に手を置き、何かを考える風に眉間にしわを寄せた。
何が言いたいんだ。
僕達Ωには甲種の試験合格は無理だといいたいのか。
「用事が済んだのなら、帰っていいですか」
これ以上はここにいても仕方がない。立ち上がりかけた時。
「口述試験は?」
梶のその言葉に、悠理は思わずごくりと唾をのんだ。
短答式試験。論文式試験突破した受験生だけが受けることのできる口述式試験が、3月にある予備試験最後の試験だ。
民事訴訟実務・刑事訴訟実務・法曹倫理の中から全てΩ関係の物を抜粋して出題される。
口述式試験の過去問演習には問題を出題してくれる人が必要だ、正直独学では厳しい。
司法試験のように予備試験がない代わりにΩ専門法務士試験には口頭で質疑応答をする試験形式、口述式試験が行われる。
悠里が返事に戸惑っていると。
「羊羹を切るから食べてから帰ってほしい。一人じゃ食べきれない」
梶さんはそう言って、僕をリビングに案内した。
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