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第20話 葛藤
リビングのソファーに座って、山本さんに先ほどエレベーターホールで取り乱してしまった事を謝罪した。
部屋で休ませてもらったことのお礼も言って、もう落ち着いたからと言って、悠里は自分の過去について話し始めた。
梶さんとの関係は、出会いから今に至るまで掻い摘んで話した。
梶さんに対する感謝も、梶さん対するまだ確立されていない自分の気持ちも隠さずに話した。
山本さんは梶さんの事を「なんだ、すごく良い人じゃないか」と言って、危険な人なのかと心配したよと少し安心した表情になった。
父親の事。母は何人もいるΩの愛人のうちの一人で、子供がΩだったことで父親に捨てられた事。彼女が最後は自死を選んだ事。
悔しさと憎しみにより、自分が法で裁ける立場に立って、父親に復讐してやると思っていること。
中学を卒業してから一人で生きてきたこと。
時折相槌を打ち、山本さんは悠里が話し終わるまで静かに聞いてくれた。
「悠里くんは梶さんの恋人ではないんだね?」
一通り話を聞いた後、少し時間をおいてから、山本さんが優しく尋ねた。
「……はい」
梶さんの事は好きだ。だけどその気持ちがただの好きなのか、それとももっと違った何かなのか、まだ悠里は分からなかった。
山本さんは少し考え込んだ後で。
「父親を許せる許せないは、今決める事じゃないから、時間をかけて自分で結論を出せばいい。同じα性であっても、梶さんとは切り離して考えなければならない別の問題だ。多分悠里君もその事はわかってるよね」
父親に対しては忘れたくても忘れられない苦しさがあり、怨んでいる。
その問題の解決は簡単ではない。
梶さんの事は父親とは全く関係のない事だというのも、勿論頭ではわかっている。
「いつか、今かもしれないし、まだ先のことかもしれないけど、α全員に対しての憎しみの感情は、君が越えなくてはいけない壁だよ」
頷いた。その通りだったから。
「梶さんにもちゃんと説明しなくてはいけない」
「はい」
「厳しいこと言うかもしれないけど、自分の事情は君が説明しない限り他の人にはわからない。話さないのに解ってもらえる世の中でもない。梶さんはそれを知らずにつらい気持ちで今、君を待っているかもしれない」
悠里はうつむき、だまり込んだ。
山本さんは僕の横に座りなおすと、そっと背中をさすっってくれた。
自分の呼吸が過呼吸気味に荒く乱れていた。
「強いストレスがかかった後は、心身ともに警戒している状態が続く」
山本さんは気遣うように悠里の様子を伺いながら続ける。
「梶さんと一緒にいられないと思ったのなら元のアパートに戻ればいい。自分のいる状況が落ち着いて、心の平安を取り戻してから、また梶さんのマンションに戻ったらどうかな」
少し時間を持つのは大切なことだと提案をしてくれた。
「自分一人で考え込まないで、君の周りには君を大切に思っている人が沢山いることを思いだして。一人じゃないでしょ。少なくとも、僕もいるしね」
ゆっくりと諭すような言葉に、気分が少しずつ落ち着いてきた。
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山本さんは笑顔で悠里を送り出してくれた。
よかったら僕も一緒に話そうか?とも言ってくれたが、落ち着いたので大丈夫だと断った。
梶さんに事情を説明しなければならない。自分は何もできない子供ではない。
もうあの時のように、母親や父親に保護してもらわなければ生きられない子供ではない。
山本さんに自分の事を聞いてもらえたことで、かなり気持ちが楽になった。
今まで自分が経験したことは、世間でも不幸の位置づけにある。とても珍しい状況だったと思う。他の人達が自分よりも幸せに生きてきていることに対して、妬みや嫉妬を持ってもしょうがないのもわかっている。もう、大人だから。
生まれや育ちなどでネガティブに生きるより、目標に向かって前向きに生きていった方がいいに決まっている。
悩みを話すこと、誰かに聞いてもらうことの大切さを知ったような気がした。
最後に山本さんは「何かあったらまた部屋においで」といってくれた。
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