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第22話 悠里の父親

悠里がスーパーで父親を見かけたといって、PTSDらしき症状をおこした。 梶のマンションを出て行ってしまうのに、引き止めることができなかった。 今までこんなに絶望的な出来事があっただろうか。 悠里がつらい思いをしていた十代の時期に、どうして一緒に居てやれなかったのか。 無理な事だとわかっていても悔しかった。 梶は悠里が出ていってから、悠里の生物学上の父親の事を調べた。 悠里が生まれたのは今から22年前その時、母親の年齢は35歳父親は45歳だった。父親の会社は田中井物産。国内に食品加工工場を10拠点所有し、商品を提供していた。 売上高は100億。悠里がもし認知されていたなら、ちょっとした御曹司だっただろう。 だがこの父親、プライベートが汚れきっている。 愛人の数は調べられただけで20人。その人物たちのほとんどがΩ。 愛人ひとりひとりを調べ出すと切りがない。 希少種のΩをそれだけ集めたということは、それだけΩに執着していたということだ。 彼の愛人トロフィー的な存在だったんだろう。 Ωとの間に生まれた子供、悠里と半分血がつながった者の中で、認知された者が3名、すべてがα性だ。それ以外はわかっただけで7名いる。勿論本妻にも3人子供がいて総勢13名。 ただこれは調べられた人数だけの話であった。 他にももっといるかもしれない。13名中αが3名βが9名Ωは1名は悠里だけだった。本妻の子供はすべてβだった。 認知されていない子供たちは今どうしているんだろう。その子たちの恨みはやはり悠里同様で凄まじいだろうと考えた。 いくら認知しないといっても、強制認知という方法を取れば養育費は得られる。 強制認知とは、家庭裁判所における訴訟手続きによって認知の効力を発生させる手続きだ。 しかし調査してみるとすべての相手に対して、悠里の父親は同じようなやり口で『認知しないこと』を相手に認めさせていた。 ・妊娠はするなと言っていたのに勝手に子供を産んだと罪悪感を植え付ける。 ・本妻から愛人に慰謝料請求をさせる。 ・今まで愛人の生活費として渡していたお手当てを返すように要求。 ・関係を切り離し、これから一切援助しないと脅す。 ・認知しないことを認める合意書を書かせる。 本当にクズだなとしかいいようがない。 愛人契約をしていた者の中でも、自ら仕事を持って自立できている人たちもいた。 だが、それほど高収入でもないし、そもそも自活できるならあんなクズの愛人なんかやっていないだろう。 愛人契約、妾契約は、公序良俗違反(民法90条違反)により、法的には無効。 男性に妻がいれば、愛人女性は妻との関係では全く保護すべきでないと考えられる。 だから下手をすれば、愛人側に妻から慰謝料を請求される。 関係を切られて援助を断たれると、子供を抱えて生活していくことが困難になるであろうことは目に見えている。 本妻から慰謝料を払えと脅されたら認知はしなくてもいいと言ってしまうだろう。養育費がもらえなくても泣き寝入りするしかない。 今までの愛人手当を返金しろというのは、法的に無理がある。不当利得の例外として、男性は愛人女性に返還を請求できないことになっているからだ。 認知しないという合意書に関してはこれは完全に無意味なもので、何の効力もない。 悠里の母親に限っては選択を間違えて、悪い方向へと進んで行ってしまった結果、命を絶つという最悪な結果になったといえる。 そして悠里の法曹になって父親を見返してやりたい。というのは、どういう意味だろうかと考えた。 犯罪人として、刑務所に送るのか、あるいは民事で訴えて金を払わせるのか。 それとも立派になってやったぞと自分を自慢?それは相手が逆に喜びそうだ、逆効果だろう。 もう悠里は成人しているので今更過去の養育費の支払い請求はできない。 となるとどうやって父親に復讐する?認知させて得られるものは何か、それは遺産だ。 遺産というのは遺言書があろうがなかろうが、遺産の遺留分というものがもらえる。 全員で2分の1その2分の1を法定相続人の中で分割することになる。 だが、どうだろう。父親が亡くなった後に残された人達の遺産を奪うのは権利があるとしても父親への報復にはならないだろう。 やるなら父親が生きている間だ。 残念ながら離婚訴訟や、犯罪を暴いて訴えるなどは畑違いで梶の分野ではない。 梶の専門は企業の経営に関することが主体で、そういう小さな訴訟などはやったことがない。 悠里を手助けできると言えないのが現状だと思った。

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