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第24話 試験を終えて
新しい年が来て、悠里は試験に臨んだ。
頑張ってきた全てをぶつけられたと思う。自己採点結果は良かった。
試験が終わった日の夕方、悠里はバイトしていた定食屋に久しぶりに顔を出した。
「よく頑張ったな。結果はどうあれ挑戦することは良いことだ」
定食屋の主人は、なぜか試験に落ちた前提で悠里を慰めながら、褒めてくれた。
おかみさんは、ちょっと痩せたんじゃないかと、お店で一番高いミックスフライ焼肉定食を食べさせてくれた。
胃が小さくなっていたのか、最後の方はかなり無理やり水で流し込んだ。
久しぶりに温かい気持ちになれた。
もしこの人たちの子供だったら、自分はもっと幸せだったのかもしれない。
ちょくちょく顔を見せろと怒られた。飯なら売るほどあるんだからと。
お店が忙しくなる時間帯になってきたのでお礼を言って店を後にした。
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その後、バーに行って、オーナーに会った。
試験がひとまず終わりましたと報告をした。
受かっていたら、次は口述式試験が3月にあるとオーナーに話した。
お店はオープンしてすぐだったので他のお客さんがまだいなかった。
オーナーとは今後の悠里の進路について話し合った。
オーナーは悠里は合格するだろうといってくれて、Ω専門法務士になってからの就職先を考えてくれていた。
このバーのお客さんの中には法曹界にいる人も何人かいて、紹介できるからと、押しつけがましくない程度にいくつかの弁護士事務所の名前を挙げた。
「悠里くんは英語が話せたよね。外国人向けの法律事務所で仕事してみたらどうだろう。世界は広いんだからもっといろいろな場所で、いろいろな世界を見てみるのも勉強になるんじゃない?」
英語は得意だった。独学とネットと、このお店のお客さんのおかげで、TOEICのスコアは900点以上あり大手外資系企業での採用基準を満たすほどだった。
オーナー自身の事ではないし、悠里がまだ受かってもいないのに、世界を見てみろという大きな提案に面食らった。
けれど、悠里の事を気にかけていてくれるんだという事は、とても伝わってきたので嬉しかった。
そんな話をしているうちに、最初の客が店に入ってきてカウンター席に着いた。
お洒落なメガネとパーマっぽいくせ毛で、遊び人風の顔立ちの男性だった。
多分悠里は接客したことがないだろう。客に見覚えはなかった。
着ている物は一目で上質だとわかる落ち着いたスーツだ。
全方位モテしそうなその男性は、悠里の方をちらっと見て軽く会釈した。
「マスター何か食べるものある?」
その客は人懐っこそうな笑顔で注文した。
ここ数年は週末だけバイトに入って、忙しい時以外は平日にはアルバイトに来ていなかった。初めて見る客だが、オーナーとは親しそうだった。
営業の邪魔になるので『どうも』というふうにお客さんに頭を下げオーナーに帰りの挨拶をした。
「また顔を出します」
そう告げると立ち上がった。
急に話しかけられた。
「どこかで会ったよね……見たことがある」
そのお客さんは悠里の顔をしげしげと眺め、首を傾げた。
「ここで以前アルバイトしていました。その時お会いしたかもしれません」
愛想よく答えた。
悠里は人の顔を覚えるのは得意で一度見た顔は忘れない。多分この人とは面識がないだろうと思った。
「小野田様、うちの可愛いボーイをお気に召されましたか?残念ながら彼は忙しい身なので、今日のところは私で我慢してくださいね」
笑いながらオーナーがその客をたしなめた。
えらく古臭いナンパだなとは思ったが、これで失礼しますと立ち上がると急にその客に腕を掴まれた。
「ごめんね、本当に申し訳ないんだけど、一杯だけ付き合ってもらえないだろうか」
悠里はそれはできないというふうに頭を振って。
「申し訳ありませんこの後用事がありますので……」
断固誘いには乗りませんよという意志表示をしっかりした。
「え……と、君には貸しがあるから」
無理やりとってつけたような、「貸し」発言に驚いた。
勿論この人に貸しを作った覚えはない。
オーナーが眉をひそめる。
「君に違法に薬を渡した」
悠里は目に力を込めた。
何のことを言っているのか、人聞きが悪いにもほどがある。
「どういうことでしょう。おっしゃる意味がわかりません」
悠里はあからさまに不機嫌な表情をする。
彼は近づいてきて、耳元でいった。
「……10月に君は急な発情期を迎え抑制剤を呑んだだろう」
旋律が走った。
「MIハーバービル。そこで産業医をしている。小野田です。梶の同期、梶の親友」
その人はそう言うと、スマートフォンを取り出した。
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それから30分もしないうちに、梶さんは慌てて店にやってきた。
オーナーはカウンターで、小野田さんという医者から、これまでのいきさつを聞いているようだった。詳しい話は聞こえなかったが、梶さんの親友というこの男性は、悠里の事をかなり詳しく知っているようだった。
信じられない偶然だったが、オーナーも梶さんの事を知っているらしかった。
今までこのバーでアルバイトをしている時に、客として、二人に出くわしたことは一度もなかった。
小野田さんという医者は悠里の顔を写真で見たことがあると言っていた。
梶さんがバーの客だったことに驚いたが、それよりも、梶さんの表情、今の切羽詰まったような形相の方が悠里には恐ろしい。
彼のただならぬ空気をまとった様子に、悠里は足は生まれたての小鹿のようにガクガク震えた。
「運命の番は互いに引き寄せ合うってのは、あながち間違いではないのかな……」
と小野田はそっとマスターに呟いた。
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悠里は梶さんと二人で窓際のボックス席に移動した。
テーブルを挟んでだったが梶さんのアルファーの匂いがした。懐かしい芳醇な香りだ。
オーナーが心配そうにノンアルコールの飲み物を持ってきてくれた。
「大丈夫ですから」
梶さんは会釈し、オーナーを下がらせて、ゆっくりと低い声で悠里に言った。
「試験が終わったら、俺のところに一番に報告に来るのが筋じゃないのか」
怒っている。
梶さんはまるで眉間のしわなどで威嚇する、ドラマに出てくる弁護士のように見えた。
「はい。おっしゃるとおりです。すみませんでした」
悠里は謝った。タイミングが悪かったのは重々わかってはいるが、会えたことが少し嬉しい。
報告しようと思ってはいたが、その決心がなかなかつかなかった。勇気がなかったのだ。
怒っていても、かっこいいなと、久しぶりに見る梶さんの顔に見惚れてしまった。
安堵している悠里に、怒りが増したのか、
「隣の山本さんには電話してるのに、俺にはできないの?」
梶さんは続けざまに言ってきた。
山本さんに僕の事を聞いていたのか。そんなこと山本さんは一言も言っていなかった。
「ごめんなさい……」
何か言い訳しようものなら、反撃される気がした。弁護士なんだから論破は仕事だ。
「いや、謝って済むなら警察いらないし、弁護士もいらない。それに謝ったって許さないから」
いったいどうしろというのか、小5レベルの言い争いに思えてきた。
あまりに幼稚な言葉に意表を突かれた。
年上なのに、梶さんがやけに幼く見える。
思わずくすっと笑ってしまった事に、梶さんは頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。
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