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第27話 一緒に暮らそう

悠里がマンションへ戻ってきた日の翌朝、全く話ができないまま、梶さんは仕事へ行ってしまった。 明け方まで抱き合った体は疲れ果てていて、腰に鈍痛がある。 重たい足を引きずりながらダイニングへ行くと、コピー用紙に『電話する』と一言だけ書いてある、梶さんからの伝言がテーブルの上に置いてあった。 時計を見ると10時を回っていた。とにかく喉が渇いたので冷蔵庫を開けてみたがビール以外の飲み物がなかった。仕方がなく水道から直接水を飲んだ。 発情時にする行為と普通の日にするものは違っていた。 昨夜のそれは、ヒートの時の朦朧とした麻薬に支配されたような感覚の中での性行為ではなく、完全に記憶があり体に刻まれる確かなもののように感じた。 お互いの愛情を確認できる行為は、ただ快楽の為だけではなく、心のつながりを意識させるんだと思った。 心からの信頼や愛情は交わる行為を経て絆を深める。 3か月という期間が空いたからか、その欲望は尽きることがなく、何度も何度もリピートしてしまい、体が覚えるまで、記憶に一生定着するまで僕の全てを占領するんだろう。 梶さんに対する自分の気持ちが愛なんだということがはっきり解った瞬間だった。 シャワーを浴びようとノロノロバスルームに移動すると昨夜の惨状がそのまま残されていた。梶さんは何度もキスし何度も出し入れし、自分は何度も喘いだなと、昨日の事を思いだし急に恥ずかしくなった。 こんなに体がキツイのに、早朝から出勤した梶さんはどれだけ体力があるのかと感心しながらバスルームを掃除した。 シャワーを浴びながら早く梶さんに会いたいと思った。 洗濯機を3回まわし、窓を開け部屋に掃除機をかけ、拭き掃除をした。 また、キッチンに雑誌や郵便物が置かれていたのでそれも整理して買いだしに行った。 梶さんが帰宅したのは夜10時を過ぎた頃だった。入浴を済ませ、二人で夕飯を食べながら今後の事を話し合った。悠里は梶さんに心配をかけたことを謝った。 「もう二度とこんな思いは嫌だ」 梶さんはそう言いながら悠里の作った肉じゃがを口に入れてモゴモゴしながら「美味い」と呟いた。 梶さんの肩が少し震えたように見えた。 あぁ、この人にもう辛い思いをさせてはいけない。悠里は深く頷いた。 「梶さんの言う通りにします。出て行ったり帰ってきたり、自分勝手な事ばかりしてしまってすみませんでした。これからは僕にできることなら何でもいってください」 それを聞いて、梶さんは悠里を抱き寄せ、頬に優しくキスをした。 首筋に鼻をつけてまるで子犬のようにクンクン匂いを嗅いだ。 悠里よりずいぶん大人で賢い人なのに、そういうひとつ、ひとつの仕草が可愛らしいと思った。この人と一緒に居られるのなら僕はもう他に何もいらない。 「悠里の症状をいろいろ調べたんだ。自分のいる状況が落ち着いて、安心感を取り戻せる環境の中にいられれば、次第に症状は落ち着いていくらしい。信頼できる相手と供に暮らすのが一番っていうか。それができるのは俺だと思う」 悠里のPTSDに対して梶さんはそう言ってくれた。 彼なりに勉強してくれて様だった。 真剣に僕の事を考えてくれていて、ずっと一緒に居てくれると約束してくれた。 「好きだよ。悠里、君は僕の運命の番だ」 悠里の事は一生守るから、こっちに引っ越してきてくれないか?とベッドの中で梶さんに言われた。勿論返事は決まっている。 「よろしくお願いします」 梶さんは悠里の頭を優しく撫でた。 離れていた1か月間、梶さんの事を思い出さない日はなかった。住んでいたアパートを解約すると何かあった時、逃げ帰る場所が無くなってしまう。けれど、ほとんど住んでいないアパートを維持していくのは金銭的にも負担になる。 ここに住むのなら、家賃を少しでも入れさせてくれと頼んだが、家事をしてもらっているから、イーブンだと言われた。 食費や光熱費はと、あまりに細かいことまで僕がこだわったので『試験に受かって職が決まるまで悠里は一切の金銭的負担を負わない。代わりに家事全般を悠里がする』と半ば強引に決定された。 正直、ここの家賃はとても高そうで、それを折半するのはどう考えても無理だし、生活水準を僕に合わせてもらう訳にもいかないしなと思った。 毎晩必ず一緒のベッドで寝る。勿論それに付随する行為も込みだ。恋人だしねと付け足された。 顔が赤くなってしまったから、見られたくなくて悠里はうつむきがちに「はい」と返事をした。 翌日悠里は隣の山本さんのところへ挨拶に行ったが、山本さんは居なかった。 山本さんは一年のうちの半分を日本で、もう半分はイギリスで仕事していた。帰宅した梶さんに山本さんの事を聞いてみる。 「今はイギリスに行っている。帰ってくるのは春ごろになるって言ってたな」 と教えてくれた。いつの間にか自分より梶さんの方が山本さんと仲良くなっていることに少し驚いた。 山本さんにはメールでマンションに帰ったことを伝え、迷惑をかけてしまって申し訳ない旨と、お世話になったお礼を書いて送った。

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