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第37話 動き出す
Ω専門法務士試験に合格したら、司法試験合格者と同じように、そこから1年間司法修習生として学ぶ必要がある。
弁護士の資格を有する者はそれが免除されるが、悠里は何の資格も持っていないので修習生にならなければならない。
試験に受かってもそれからまた長い時間がかかる。
司法修習生は兼業・副業等が禁止されているので、それまでは飯田弁護士の下でアルバイトをさせてもらうことになっていた。
口述試験が終わった頃に、飯田法律事務所の事務員をしていた河合さんが産休明けで帰ってきた。
悠里が事務所を片付けて整理をきちんとしていたことと、先生の身なりを奇麗にしたことに驚いて、一生うちで働いて!と強く言われた。
赤ちゃんもいるので河合さんは完全に仕事に復帰できるわけではない。
時短で働くワーキングママになるそうだ。
しかし彼女の復帰のおかげで悠里の仕事量はかなり少なくなり自由に使える時間も出てきた。
その頃から悠里は先生に「田中井英雄」に対して訴訟を起こすつもりでいる事を相談し始めた。
「不倫関係にあった男女間に、慰謝料の支払い義務はないからね……逆に女性側が慰謝料を請求される可能性はあるが……」
飯田先生は今まで悠里がコツコツと集めてきた田中井英雄の資料に目を通す。
「しかし、項を噛まれて番にされているという事から、新しくできたΩ法により、法律上保護を受けられる可能性はある」
しかし凄い人数だな被害者の会でも作るかと先生は呟いた。
「集団訴訟に持ち込むつもりでいます」
悠里が言う。
「認知されなかった子供達のほとんどが、もう成人している。養育費請求はできないだろう。強制認知させて未来の財産分与の時を待つ。あるいは認知されなかったことによる精神的苦痛を訴えて慰謝料請求する。この2択だな」
「はい」
素直にうなずいた。
「けれど、後者に関しては勝算は無いに等しいね」
「認知されなかったことにより僕もそうですが、他のβの子供達も苦労したと思います」
「バース性に関係なく、離婚して慰謝料や養育費が支払われないまま成長した母子家庭の子供たちはかなり沢山いるからね」
理解はしていたがはっきり弁護士の先生から言われると、心臓にぐさりとくる。
「一番良い方法で確実に攻め込まなければ勝算はない。難しい案件だな」
飯田弁護士はΩに関する裁判を過去幾度となく弁護していた。
番にされた後の婚姻無効の裁判事例などをタイピングしながら、自分がどうやって父親と戦えばいいかの戦略を練った。
その筋では飯田先生はプロと言っても過言でない。
一緒にやるのならこの人以外にはいないだろうと思っていた。
「表立って訴訟を起こすことを望まない人達が多数いると思う。まぁ、世間的にあまり誇れることではないからね。だから集団訴訟というより、示談書・合意書を作成し解決金を受けとった方がいいね。相手は社会的立場もある人物だから、事が公になることを嫌うだろう」
やってみなさい。協力できるところはさせてもらうよと言ってくれた。
そして最後に先生は
「弁護士は事をこじらせて金を搾り取る商売だ」
とニヤリと笑った。
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