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第38話 合格発表
ゴールデンウィークに入る少し前に合格発表があり、悠里は『Ω専門法務士試験に合格した日本で最初のΩ性の男性』となった。
どこから聞きつけたのか、発表されると共にメディアから悠里に取材の申込みがあった。
悠里の写真なども出回ってネットで一時期有名になった。
最年少でありしかも大学も卒業していない。まだ少年のような面影が残る、愛くるしい独身のΩである。誰もがテレビモニターに釘付けになった。
芸能人でもない一般人なので取材などは断ったが、ニュースで流れた映像をみて、今まで悠里とかかわってきた人々が驚いたのはいうまでもない。
MIハーバービルの清掃業者の作業員は、休憩室で悠里の映ったニュースを見ていた。
「これ、あれじゃね?俺らがやったカバンじゃね?」
悠里は梶にオーダーしてもらったスーツを着、手には清掃員をしていた頃、最後の日に職場の仲間から餞別でもらったビジネスバックを持っていた。
「もちょっと高級な鞄あげたほうがよかったよな……」
清掃員たちは照れたように苦笑いし、そして少し誇らしげだった。
アルバイトしていた定食屋の主人は、悠里と撮った写真を額に入れて店に飾った。
常連客も新聞記事などを持ってきて「これってあの子だよね」と一緒に喜んでくれたらしい。
その日はお店も大繁盛で、店主がビールを客に無償で振る舞ってしまったから赤字だったとおかみさんからラインがきた。
バーのマスターは小野田さんとお祝いしたよと言っていた。
たまにはお店に顔を出すようにと言われて、今度先生や、河合さんを連れて行って紹介しようと思った。
自分は天涯孤独で親もなく頼れる人が全くいなかったと思っていたが、歩んできた道中には、いろんな人の愛があったんだ。
気がつかなかった。
考えればたくさんの人にお世話になって、今の自分があるんだと感謝の気持ちでいっぱいになった。
目頭が熱くなるのをごまかして、広い梶さんの胸の中に悠里は顔を埋めた。
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梶side
悠里がΩ専門法務士試験に合格してから、梶は山積された仕事に追われる日々が続いている。
帰りが深夜になることも珍しくはなく、体調を崩さないようにちゃんと食べて睡眠をしっかりとるように心がけた。
ありがたい事に食事の面では悠里が管理していてくれているし、洗濯や掃除の手間もないので集中して仕事に取り組める。
感謝を伝えると悠里は「今まで梶さんに迷惑をかけてばかりだったから、こうやってお世話できるのは嬉しい」と可愛らしい事を言ってくれた。
悠里は気がついていないが、悠里の周りにいる男たちが悠里を手に入れようと狙ってくるだろう事は容易に想像がつく。
どこから漏れたのか、メディアが悠里の写真をテレビで流した。
独身のΩという注釈がついてだ。
悠里にボディーガードを付けたいレベルで心配だった。
悠里がお世話になっている、飯田弁護士も梶にとっては気になる存在だった。
個人的に調べた限りでは評判もそこそこの人情派の弁護士らしく、今までやってきた訴訟の結果を見ても有能であることは間違いないだろう。
年齢は38歳、バツイチで現在は独身のαだ。気が抜けないと思った。
悠里の説明によると、飯田弁護士の見た目は、うだつの上がらない三枚目で、αにしては珍しくオーラを感じない普通の人だという。
悠里は全く恋愛の対象として彼を意識していないが、相手はどうだかわからない。
一緒に居る時間が長くなればなるほど悠里に執着してしまい、いらぬ嫉妬心まで沸き起こる。男としてかっこの悪い事だと梶は自分に苛立った。
過去に付き合っていた相手には、一度も独占欲など持ったことがなかったのに。
悠里に対しては部屋の中に閉じ込めて鍵をかけ、自分以外の誰とも会わなければいいとさえ思ってしまう。
正直、自身の性的なエネルギーは溢れんばかりに有り余っていて、まるで十代のように毎日何度でも愛の行為がしたくなる。
悠里の匂いが性行為時に一層濃くなり濃厚に脳に絡んでくるのがたまらない。
考えるだけで下半身が熱くなってくる。梶は仕事に集中できるよう頭の中で歴代内閣総理大臣 の名前を上げていった。
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事務所に悠里を指名しての相談の電話が日に何本もかかってきていた。
「指名して相談する場合は相談料を取りましょう」
鳴りやまぬ電話を前に、事務員の河合が提案した。ぼったくりバーさながら、30分1万円、1時間2万円と言う高額で依頼者の話を聴くことになった。
取材は勿論NGでマスコミ関係だとわかると先生が追い出した。初めに文書でちゃんとし、依頼の相談でない場合は訴えるくらい強硬な説明書きを渡した。それでもなお悠理に話を聴いて欲しいという依頼者のみ受けるという方法を取った。
1時間2万円出してでも悠里と話をしたがるαの相談者が後を絶たない状況で、飯田弁護士事務所は大盛況だったのだが、とうとう先生が業を煮やした。
「ここはキャバクラじゃない!」
とキレる一幕もあった。くだらない相談事は他の事務所をあたってくれと言いそうになるのを、河合さんと悠里で食い止めた。
煎茶一杯で2万払うんだから、キャバクラの方がお酒が飲める分まだましなんじゃないかと悠里は思った。
くだらない相談事でも、相手がαだとちゃんと現金の収益が出る。悠里と河合さんで先生を説得して新しく士業の資格保有者を募集した法務経験者を雇い入れて、空いていたフロワーを借りて事務所を広げる事となった。
そんなある日、悠里を予約指名して、とある相談者がやってきた。
高級なスーツに身を固め、眼鏡越しの眼光は鋭い。その相手を見、飯田先生は胡散臭いなといい、必ず録音をするよう悠里に言った。
男性の雰囲気から、士業を生業としているのはないかと感じた。他の事務所からの引き抜きかもしれないと悠里は思った。
だが話は違っていた。
「田中井氏が是非とも悠理とお話をしたいと希望されています」
彼は『田中井英雄』の代理人だった。
生物学的父親である田中井が悠里を認知したいと言っているという内容だった。その後その弁護士は田中井物産がどれほど大きな会社であるか、年間の利益額や総資産など事細かに説明し始めた。
「認知されて田中井氏のご子息になられたら勿論、財産分与などの対象になります。それに会社の経営に携わることができます。この先、司法修習生になられるわけですが、研修にかかる費用なども協力させていただけます」
背中に冷たい汗が流れた。悠里は何も言えず、ただ黙っていた。
返事は今でなくてもよいので後日改めて連絡します。前向きにご検討いただけますよう、よろしくお願いしますという事だった。
できるだけ顔に出ないように平静を装って話を聴いたが、彼が事務所から出ていくと、受付のテーブルに右手をついて体を支えた。立っているのがやっとだった。
飯田弁護士は先程の相談内容の録音を聴き、内容を理解した。
「今更……なにを……」
ため息交じりに呟く悠里を前にして、先生は温かいコーヒーを入れると手渡してくれた。
「そろそろ仕掛けるタイミングのようだね」
「はい」
「まずは君をはじめ、認知されていないすべての彼の子供たちの認知請求」
「認知されることはないでしょうから、解決金でけりをつけるでしょう」
「それが上手くいけば、次はΩ法に基づく番にされた母親達ないし、愛人たちからの集団訴訟に踏み切る」
示談金は総額一億だ。
このことが公になると田中井の会社の信用は失われるだろう。
クリーンなイメージで売っている国産の自然派食品加工会社である。
『未来の子供たちの為に』というスローガンとは真逆の社長の行動を世間がどう判断するか。マスコミに知られればそれこそ一大事だ。
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