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第39話 今更なにを

事務所に悠里を指名しての相談の電話が日に何本もかかってきていた。 「指名して相談する場合は相談料を取りましょう!」 鳴りやまぬ電話を前に、事務員の河合が提案した。 ぼったくりバーさながら、30分1万円、1時間2万円と言う高額で依頼者の話を聴くことになった。 取材は勿論NGで、マスコミ関係だとわかると先生が追い出した。 新しい相談者には、初めに文書でちゃんと、依頼の相談でない場合は訴える!くらい強硬な説明書きを渡した。 それでもなお悠里に話を聴いて欲しいという依頼者のみ受けるという方法を取った。 1時間2万円出してでも悠里と話をしたがるαの相談者が後を絶たない状況で、飯田弁護士事務所は大盛況だったのだが、とうとう先生が業を煮やした。 「ここはキャバクラじゃない!」 悠里を番にと考え会いにくるαの男性にキレる一幕もあった。 くだらない相談事は他の事務所をあたってくれと言いそうになる飯田弁護士を、河合さんと悠里でなんとかなだめた。 煎茶一杯で2万払うんだから、キャバクラの方がお酒が飲める分、まだましなんじゃないかと河合さんは言った。 くだらない相談事でも、相手がαだとちゃんと現金の収益が出る。 悠里と河合さんで先生を説得して、新しく弁護士や司法書士の資格保有者を募集したり、法務経験者を雇い入れ、このビルの空いていたオフィスを借りて事務所を広げる事となった。 そんなある日、悠里を指名してとある依頼人がやってきた。 高級なスーツに身を固め、眼鏡越しの眼光は鋭い。 その相手を見、飯田先生は胡散臭いなといい、必ず内容を録音をするよう悠里に言った。 男性の雰囲気から士業を生業としているのではないかと感じた。 他の事務所からの引き抜きかもしれないと悠里は思った。 だが話は違っていた。 「田中井氏が是非とも悠里さんとお話をしたいと希望されています」 彼は『田中井英雄』の代理人で、片山という弁護士だった。 生物学的父親である田中井が悠里を認知したいと言っているという内容だった。 その後その片山は田中井物産がどれほど大きな会社であるか、年間の利益額や総資産など事細かに説明し始めた。 「認知されて田中井氏のご子息になられたら勿論、財産分与などの対象になります。それに会社の経営に携わることができます。この先、司法修習生になられるわけですが、研修にかかる費用なども協力させていただけます」 背中に冷たい汗が流れた。 悠里は何も言えず、ただ黙って頷いていた。 「返事は今でなくてもよいので、後日改めて連絡します。前向きにご検討いただけますよう、よろしくお願いします」 という事だった。 できるだけ顔に出ないように平静を装って、話を聴いた。倒れてしまいそうになるのを必死に堪え、彼が事務所から出ていくと、受付のテーブルに右手をついて体を支えた。 立っているのがやっとだった。 飯田弁護士は悠里の様子をみて、何かあったんだと先程の相談内容の録音を聴き、内容を理解した。 「今更……なにを……」 ため息まじりに呟く悠里。 先生は温かいお茶を入れると悠里に手渡してくれた。 「そろそろ仕掛けるタイミングのようだね」 「……はい」 「まずは君をはじめ認知されていないすべての彼の子供たちの認知請求」 「認知されることはないでしょうから、解決金でけりをつけるでしょう」 「それが上手くいけば、次はΩ法に基づく番にされた母親達ないし、愛人たちからの集団訴訟に踏み切る」 βやαの愛人ならば妻から訴えられて慰謝料を支払はなければならない。妻は何よりも強い。法律は婚姻関係のある妻の味方である。 しかしΩ法ができてから、項を噛まれたΩには婚姻関係以上の保障が与えられることが決められた。離婚もできない戸籍よりも強い番関係による拘束に対する法律だ。 代理人弁護士は飯田健介。 示談金、慰謝料、全て合わせて総額一億だ。 このことが公になると田中井の会社の信用は失われるだろう。クリーンなイメージで売っている国産の自然派食品加工会社である。 『未来の子供たちの為に』というスローガンとは真逆の社長の行動を世間がどう判断するか。 マスコミに知られればそれこそ一大事だ。 戦いの火蓋が切られた。

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