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第49話 日本
飯田弁護士は始めて悠里に会った時の事を思い出していた。
まだ若い高校生かと思うような外見だった。
確かに学生の年齢ではあったが、年の割にしっかりとした考えを持ち、苦労も人一倍して、人生を悟ってしまった子供のような気がした。
人手不足だったことは確かだったが、それほど仕事を増やすつもりもなかったので何とか一人でもやっていけると思っていた。けれど無性に彼を欲しいと思った。傍に置いて成長を見とどけたいと。
念願は叶ったが、思った以上に彼の事が気になるようになった。恋人がいるようだが、番にはなっていない。
悠里の生い立ちを考えると、番になる事の重大さをきちんと把握しているように思えた。内容、意味、背景などを正しく知りそれが将来的に及ぼす影響までちゃんと考えている子なんだと。
自分もαだから、彼からたまに発せられるΩのフェロモンを感じる事がある。
疲れている時なんかは首筋に何度キスをしたいと思った事か。だが、おっさんが手を出せるような青年ではなかった。触れてはいけない禁断の果実のような彼の存在にドギマギすることもあった。
梶弁護士は優秀な弁護士。一度会って話をしただけだが、そのスペックの高さは他のαの群を抜いていると思った。
「ま、俺も負けてないけどな」
誰もいない事務所で飯田は呟いた。
飯田は以前、結婚していた。
今では懐かしむ事を忘れてしまうくらい、もう随分昔のことだった。
彼女はとても優秀な女性で仕事と家庭の両立に必死に頑張っていた。何事も手を抜く事ができないタイプの人だった。
飯田がその生活に堅苦しさを感じたわけではなかった。
単純に彼女が飯田のゆるさに我慢できなくなってしまったのだ。
『まぁいいんじゃない?』とか、『その辺は適当で』とか。そういう飯田のゆるい性格が耐えられないと彼女に言われた。
妻を愛していたが、手を抜くことを覚えなくては、いつか自分がいっぱいいっぱいになって潰れてしまうぞと教えたかった。
それは失敗に終わったわけだが。
彼女は突然離婚を申し出て、俺の前から姿を消した。
数年後、古い付き合いのある友人から、彼女が精神を病んで今は引きこもっているらしいという事を聞いた。
再婚した相手との不仲が原因らしいが、俺にはもうどうしようもない。
心のケアを怠ってしまうと後になって大きな代償として返ってくる。
目的を達するために、犠牲にしたり失ったりするものが自分の心だったら、それはとても不幸な事だ。
飯田は悠里が元妻に似ているような気がしていた。彼が他人を頼ることができず潰れてしまわないように、傍で支えてやりたいと思った。
このΩ法に基づいた悠里の案件を片付けたら、俺も少しは有名になるかもしれない。
ひとりではなく、沢山の人と共に成し遂げる成果もある。どこかでそんな噂を耳にして、彼女が元気になってくれたらそれに越したことはないが。
飯田は白みかけた空をみながら、窓を開けて朝の空気を胸に吸い込んだ。
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